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~秘歌~「ささやかな願い」


         歌いたかった。ただ歌うだけで良かった。
        “特別”や“神に愛された子”なんて称号はいらない。
        大好きな歌を思いっきり歌えればそれだけでよかったのに。
        どうして、ささやかな願いすら叶わない?
        歌いたい。歌いたい。
        たとえ壊れた人形の歌であっても、歌いたい。
        歌わせて。それさえあれば他にはもう何もいらない。
        壊れ果てた人形。
        生まれたわけも知らず、思いの全てを秘めて。
        そしてまた“私”が目覚める。
       
       
        暗く光る新月の夜。赤い髪の人形が歩いていた。
        迷うことなく道を進み、ボロボロのワンピースをひるがえす。
        供に従えるのは小さな子猫。子猫の足取りに合わせるようにヒラヒラと。
        時折、街灯の光が人形の姿を捉えるが、その灯りは人形の影を生み出さない。
        それどころか、人形からは青白い光が浮かび上がっている。
        足音一つ立てないまま、どこかへと歩いていく。
        人の通らない裏通り。無粋な男たちの手が人形へと触れられる。
        けれど案ずることはない。人形を守るかのように、赤毛の騎士がその手を阻む。
        男たちの血を浴びながらも、人形は何事もなかったように進む。
        人形がたどり着いたのは、裏通りのさらに奥。
        悲しい記憶の眠る場所。小さな祈りを捧げ、人形は踊る。
        クルリクルリと手足を動かして、やがてその背に色あせた羽が生まれる。
        空に向かって手を広げ、その唇を開こうとする。
        しかし、その唇から音が紡がれることはなかった。
        感情の見せないはずの人形が、どことなく悲しげな瞳を浮かべる。
       
        『歌わないのか。アンジュ。』
        (・・・・・・・歌を・・・・忘れて・・・・しまった‥から。)
        『へえ、俺は聞いてみたかったんだがね。』
        (あなたも・・・・歌う・・・・の?)
        『いや、歌はそんなに得意じゃないさ。歌えるのも限られてるしな。
        ・・・・ああ、そういえば前に歌なんか全然知らない奴がいて、そいつに教えたぐらいだな。』
        (・・・・私も・・・・聞いて・・・・みたいな。)
        『おいおい、勘弁してくれ。アンジュ。人様に聞かせれるようなもんじゃない。』
        (・・・・ずるい。にげた・・・・)
        『まったく強情だな。誰かさんそっくりだ。』
        「へえ、その誰かさんって私のこと?」
       
        アンジュと呼ばれる人形の傍らに、赤毛の娘が寄り添った。
        その手には血塗られた剣が携えられ、全身赤に染まっている。
        彼女の血ではない。それを証拠に彼女の足取りは確かだった。
       
        『お前なあ・・・・もうちょっと考えろ。やたらめったら殺すな。』
        「そう言われると思ったから。一人だけにしておいた。
        後は勝手に逃げたわよ。全くだらしない。」
        (ローズ・・・・ケガしてない?)
       
        フワリとそばに舞い降りた人形・・・・“薔薇のマリア”はそっとローズの頬に手を添える。
        その言葉を聞いて、安心させるようにローズは優しく笑った。
       
        「平気だって。全く心配性なんだから。」
        『どっちかというと心配したのはお前が一人でここまでこれるか?ってことじゃないのか。』
        「うっさい。一言余計。」
        『お前の方向音痴は今に始まった事じゃないだろ。なあ、アンジュ。』
        (・・・・うん。)
        「ひっどい!マリアまでそんなこと言うなんて!!」
        『半日近く迷ったあげく、俺に助けを求めたのは誰だ。』
        「うっ・・・・・。」
        (ローズ・・・・強いのに道・・・・覚えるの・・・・苦手。)
        『まあ誰だって苦手なものあるからなあ。』
        「あなたの欠点はお人好しね。これはもう致命的なぐらい。」
        『お人好しは欠点か?』
        「変な物拾って面倒見てたんだから十分でしょ。
        あんな変態にしないで、ちゃんと躾してよね。」
        『・・・・アジアンのことか?」
        「その名前を私の前で言わないで!」
        (ローズ・・・・本当‥に・・・・アジアンのこと・・・・キライ。)
        『みたいだな。アンジュ。』
        「前から気になってたんだけど、そのアンジュって何?」
        『ん?ああ、マリアにつけた渾名だ。
        アンジュ・・・・天使ってな。ピッタリだろ。』
        (飛べ‥ないし・・・・似合わない・・・・って‥言ったのに・・・・聞いて‥くれなかった。)
        「可愛いからいいんじゃない?うん、私も今度からそっちの姿の時はそう呼ぶことにするわ。」
        (・・・・‥似合わない・・・・)
        「絶対似合ってるから。んで、アンジュ、あなた一体何やってるの?」
        (・・・・え?)
        「歌いに来たんでしょ?さっさと歌いなよ。
        早く歌って帰ろうよ。もう遅いんだしさ。」
        (・・・・でも・・・・私は・・・・)
        「歌えるよ。好きなんでしょ?私はアンジュの歌好きだよ。
        前はよく歌ってくれたじゃない。」
        (・・・・歌って・・・・いいの・・・かな。)
        「昔と違うよ。前みたいに怖い歌はもう歌わなくて良いの。
        大丈夫。どうしようもなくなったら私が止めてあげる。
        私はそのために生まれたんだから。だから歌って、アンジュ。」
       
        誘うようにローズは言う。その言葉にどこか懐かしい響きを感じる。
        昔、同じように“歌って”そういってくれた人がいた。
       
        『歌ってみろよ。俺も聞いてみたいからな。』
        (・・・・‥クラニィ。)
       
        呼ぶようにクラニィが言う。その言葉はどこか優しい響きを感じる。
        昔、同じように“聞かせて欲しい”そういってくれた人がいた。
       
        あの2人はいない。この世のどこにもいない。
        鏡の中に面影はなく。懐かしい声は記憶の遙か彼方。
        けれど。
       
        (まち・・が・・・・っても・・・笑わない・・・・でね。)
       
        あなた達がくれたこの音を、この歌を覚えている。
        今は壊れてしまってただ歌うことしかできないけれど。
        懐かしいあなたたちへの思いを、全てこの歌に秘めて。
        私は歌う。
       
        (ねえ・・・・教えた歌って・・・・なに?)
        『ん?ああ、そうだなあ・・・・あいつにでも聞いてみな。
        お前のよく知ってる奴だ。」
        (・・・・そう・・・じゃあ、今度は・・その歌・・・・を歌って・・・みたい・・・・」
        『お前の頼みだったら、あいつはいくらでも聞くと思うぞ。」
        「ダメ!あんな変態に会っちゃダメ!!」
        『あいつも嫌われたもんだ。』
        (本当・・・・だね。・・・・・どうせなら、一緒に・・・・歌って・・・・みたいな。)
        「はあ?アンジュ。あなた今なんて言った?お母さん絶対にそんなの許しません!
    ちょっと、こら、逃げるなまてったらーーーーーー!!!」」

 

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