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深夜、三日月が雲の切れ間から顔を出す時刻に源雅家(まさいえ)は、1人で羅城門を歩いていた。その手には笛が握られている。供もつけずにただ一人、朽ちかけた門へとたどり着く。そしてその笛を吹き始めた。
辺りには人の気配はなく、ただ笛の音だけが流れていく。
だが、その笛の音はかき消えた。雅家は誰かが来るのを見た。
月の光をあびてまっすぐに歩み寄ってくる。まだ年若い娘が雅家を見つめている。
「こんな時刻に物騒だな。家はどこだ?送っていこう。
女性が1人で歩くのは危ないからな。」
「その笛を吹いていたのはおぬしか?」
「ああ、これのことか?」
そう言って雅家は自分の持っていた笛を女性に渡す。
「私の先祖の物だ。
こういう夜はいても立ってもいられなくてな、つい笛を吹きにきてしまう。」
「銀蘭!ここにおったか。」
1人の僧侶が走ってきた。
深夜になって京につき、家に向かおうとすると銀蘭が一人でどこかに行ってしまった。
慌てて辺りを見回すと羅生門のそばにいた。
幸いなことに銀蘭は若い貴族となにやら談笑していただけだった。
だが、銀蘭は雲仙を気にすることなく持っている笛を見つめている。
笛には二枚の葉が描かれていた。
「葉が2つ。葉二。鬼の笛の葉二。」
「そなた、これを知っているのか?」
「有名であろう。かつて鬼と笛を交換した源博雅の話は。」
かすかに聞こえた魔に近しい音を探してみると、それはたしかに鬼の笛だった。
(霊力を持たないと言うのに、音に込められた霊力は強い。
こういう人間もいるものじゃな。)
「そなた、雅家殿ではないか。」
「雲仙、そなたの知り合いか?」
「ああ、雲仙殿でございましたか。今度はどこまでいらしてたんですか?
それにこの娘は?」
雲仙がかなり変わり者だと言うことは知っているが、どう考えてもこの白拍子の娘との関係がわからない。
「この者は銀蘭、旅の途中で知り合った。銀蘭、こちらは源雅家殿だ。
若いが管弦の腕は儂の知っている限り右に出る者はいない。」
「なんじゃ、おぬしの知り合いか。妾は銀欄、白拍子じゃ。」
「源雅家だ。よろしくな、銀蘭殿。
それにしても、雲仙。今回はずいぶんと戻ってくるのが早いな。」
「なあに、銀蘭の付添もかねてな。それに今の京は不穏だからな。」
何気なく言った言葉だが、その奥に隠されたものがわからない訳ではない。
「雲仙、争いごとか?」
「まあいろいろあってな。それはともかく、銀蘭。
今は夜更けでもあるからな。京は儂の屋敷で休んで明日出直そう。」
「いやじゃ。」
あっさりと拒否されてしまった。
しかも銀蘭は今すぐ行こうとしている。
いざとなったら彼女は簡単に自分をおいていくだろう。
(まずい。せめてあやつに相談しておこうと思ったのに・・・
これでは争いになる。)
「その男の屋敷はどこじゃ?」
「銀蘭、少し落ち着いて・・・」
とりあえず少しでも彼女をなだめようとしたとき、冷たい言葉が投げかけられた。
「雲仙、妾は遊びに来たわけではない。」
さすがにこの状態を回避する方法が思いつかず、しばし考えていたとき。
思いがけない言葉が耳に入った。
「どこかへいくのか?」
「雅家殿、今は黙っておいてもらえぬか?」
「玉藻の前を封じた陰陽師に会いに行きたい。おぬし、その男の場所を知っているか?」
「泰成か?だったら俺も今から行くところだ。
一緒に来るか?。」
「雅家殿!」
「な、何か悪かったか?」
うろたえる雅家にかまうことなく、銀蘭は静かに笑っていた。
「ならば都合がよい、案内してもらおうか。
雲仙、文句は言わせぬよ。」
結局、銀蘭に押し切られるように安倍泰成の元へと向かっていった。
「雲仙殿、申し訳ない。どうやらよけいなことをしたようだ。」
「いや、どのみちこうなっていただろう。雅家殿が気にすることではない。
しかし、雅家殿は何故泰成殿のところへ?」
「最近、京での怪異な出来事が多い。つい先日もそのたぐいがあってな。
泰成殿のところへ依頼に行くことになった。」
「ところが笛を吹いているうちに、こんな時刻になったという事じゃな。」
1人前を歩いていた銀蘭が、振り向くこともなく言い放つ。
「銀蘭、もう少し優しく言ってはくれないのか?」
「いやじゃ、それに事実であろう。」
「まあそう言うな。この男は笛以外に能がないからな。」
「俺は篳篥もできます。」
一瞬、銀蘭と雲仙はきょとんとした顔を向けるといかにもおかしそうに笑い出した。
雲仙は大声で笑い出しているし、銀蘭は口元を袖で隠しているが方が小刻みに揺れている。
挙げ句の果てにそれにつられて雅家までもが笑い出した。
結局、一条戻り橋につくまで三人の笑いは止まることがなかった。
「泰成、客がきたようだぜ。」
従者のように簡易な白衣をまとった、17.8の青年が20代の男性に声をかける。
2人とも黒髪黒目、まるで兄弟のように見える。
2人の違いは年齢から来る顔の違いと、青年の方は髪を肩まで伸ばしているのに対し、男性の方は何かの役職に就いているらしく烏帽子をつけている。
男性は符に何かの字を書き続けていて、その手を止めようとはしない。
「どうせ雅家だろう。笛が鳴り響いていたからな」
「ほかにもいるぜ、雲仙と若い女。」
ふいに彼の手が止まった。
「結構美人だな。けど、こいつ人間じゃないわ。
どうする?」
「ついにきたか。蛇晃(じゃこう)、彼らを私の元へ連れてきてくれ。
特に若い女の方には、くれぐれも無礼な真似をするな。」
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