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宮廷の陰陽師、安倍泰成の屋敷は内裏の鬼門(北東)に位置する。
安倍晴明の代から都を守り続けているその役目は変わることなく、今なお変わらぬ姿を持ち続けていた。そしてその家にはある噂があった。その屋敷では人の気配もないのに勝手に門が開き、必要なものは式神が調達するという。それらの式神は一条戻り橋におかれ、必要なときには呼ばれるという。そしてこの広い屋敷に住むのは当代である泰成ただ1人である。
「おかしい、なぜあかぬ」
式神が開けるとされる門は、その役目を果たさず侵入者を阻む壁となっている。
中から閉じられた門は動く気配がない。
「いつもなら、すぐ開けてくれるんだがな。
おーい、泰成。開けてくれ~お前に客だぞ~」
「雅家・・・一応今は深夜だぞ」
雅家の苦労は全く報われず、その門は閉ざされたままであった。
この時、雲仙は内心このまま何事も起こらないでほしいと思っていたが、そうはならなかった。というか穏やかにすむはずがなかった。
「銀蘭!!!何をしておるんだ!?」
「見てわからぬか。門を壊しても良いが後がうるさいからな。
塀を登っておる」
始めに見たのは風にたなびく白い衣。なぜか腰を少し落とした銀蘭はその高さをものともせずに軽々と塀の上に飛び乗った。そしてあわてふためく雲仙を見据えると。
「案内ご苦労。だが妾の邪魔はするな。あとで閂を開けておこう」
そう言って邸内に飛び降りると後には走り去っていく彼女の足音だけが響き渡った。
しばし呆然とした男たちははたっと正気を取り戻した。
このままではまずいと。
「まずい。銀蘭を止めねば」
「事情はわからぬが、同じ手を使えばいいのでは?」
屋敷には結界が張られていると言うが、人間であるこの二人には意味をなさないものだったらしい。二人は苦労しつつも邸内へと入り込んだ。どうみても怪しい行動に、深夜だったのと化け物屋敷との評判で人の近づかないこの屋敷に感謝した。
二人が進入に苦戦している間に、銀蘭は屋敷の庭を歩いていた。
ふと、誰かの気配がした。見ると闇の中から一人の男が歩いてくる。
「ふえ~~~近くで見るとますます美人じゃねえか。
俺は蛇晃(じゃこう)っていうんだけど、あんたは?」
銀蘭の行く手に立ちふさがったのは、黒の髪を肩まで伸ばした日に焼けた肌を持つ青年。
侵入者の事など気にせずに、明るい口調で問いかけてくる。
だが、その正体は人ではない。
「式ふぜいが妾の邪魔をするでない。妾が用があるのはこの家の主人じゃ」
「ああ、連れて来いって言われたけどな。あんた泰成の彼女か?あいつ、
おれと違って全然もてねえんだよな。顔は俺に似てるからもてるはずなのにさ。
まああの口べたと照れ性じゃあ一生無理だろうけど」
「おぬしが主に似てるのであろう。口数の多いヤツじゃ。
そこをどけ。妾の邪魔はするな」
「名前教えてくんない?あんた俺の好みなんだけど。
体つきも良さそうだし」
この2人の会話は全く成立していない。
それ以前に式でありながら、主の命令に逆らうこの式神は一体何者なのか。
(どうでもいいか・・・こいつは・・・邪魔だ)
ふと銀蘭の気配が変わり、何かの構えを取る。
自分の質問に全く答えなくてもしゃべりつづけていた蛇晃だったが、その様子を見て表情を変えた。先ほどまでの笑みは消え、目つきが変わる。
獲物を見つけた目。
(そうこなくっちゃな。見せて見ろよ、アンタの力を)
だが、蛇香の目的を知っているかのように銀蘭がかすかに笑った。
構えを解き、静かに蛇香を見つめる。
「頭は悪くなさそうじゃな。おぬしの目的は妾の力を見ることか。
だが、妾はその手に乗らぬ」
「銀蘭止めぬか!争いはよせ!!」
「何をしているんだ、蛇晃!その人は客人だぞ!」
蛇香と銀蘭の争いを止めるかのように、複数の声が届く。
それは先ほどおいてきたはずの雲仙と雅家。対峙する二人に割り込もうとする。
だが、どんなに進んでも近寄ることが出来ない。
それを見た蛇香が楽しそうに笑い出す。
「あんた達は邪魔なんでな。結界をはらせてもらったよ」
「それがよい。この場で人間に邪魔をしてもらっては困る。
おぬし、ただの式神ではないな。おもしろいことじゃ。
けれど、妾はお主が嫌いじゃ」
「おれはあんたのことが好きだけどね」
(嘘偽りなしか、本当におもしろい。式神がこうまで人間くさいものだなんて。
そういえば主の心に反映する式神がいるというけれど、この男がそうか)
「なあなあ、べっぴんさん。名前なんてゆうの?」
「おぬしには教えぬ。蛇晃、そこをどかねば死ぬぞ」
「アンタみたいな美人に殺されるなら本望だな。
あ、死ぬときは布団の上ってのが俺の理想なんだけど。女を下にして」
「うるさいやつじゃな。そなたもそう思うであろう」
銀蘭が話しかけたのは自分の足下。
普通ならばそこには誰もいないはず。
だが、銀蘭の影からでてきた黒い何かは空へと舞い上がった。
「我が守(しゅ)蓮花。我が命において我が前に現れよ」
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