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那須野原、今から十年ほど前に封印された妖怪玉藻の前が封じられているとされる場所。
彼女の怨念はすさまじく辺りには強力な妖気が漂っていた。
近づく者はその妖気にやられ、ほとんどの者が死に絶えていた。
辺りには、好奇心で訪れた者やこの地に迷い込んだ動物や人間たちのすでに白骨と
なった物が散らばっていた。
「これはすさまじい妖気だな。銀蘭、早くここから立ち去った方がいい。」
(話に聞いていたよりもすさまじい。本当に人がいるのか?)
那須野原に着いた頃には、もう夜更けになっていた。
月は新月の姿となり、大地にその光を投げかけはしない。
けれど、銀蘭の胸元に光る首飾りが淡い光を発している。
辺りには生き物の気配はなかった。
今は殺生石と呼ばれる玉藻の怨念が誰も近づけさせようとしない。
霊界すらも彼女には手が出せないのだ。
そして、現代に至るまで転生することも蘇ることもかなわずに、玉藻の魂はさまよい続けている。
不思議なことに、銀蘭にはその邪気が効かないようだった。
雲仙は長年修行してきた身であるので、まだ耐えることは出来るが、銀蘭が無事でいられる理由がわからない。
(いったい何者だ?)
銀蘭は迷うことなく殺生石に近づいていく。
石の前に立つと、彼女は誰かの名を呼んだ。
「ようやく見つけた・・・玉藻姉様。」
玉藻姉様、銀蘭は確かにそう言った。
それは都に災いをもたらした悪女の名前。
「銀蘭、そなたは妖か」
投げかけられた言葉に、彼女は動くことはなかった。。
銀蘭はただ静かに雲仙の目を見つめている。
かつて見たのと同じ、あの冷たい瞳。
「ならばどうする?妾も封じるか。それとも殺すか。
選択はどちらか1つ。好きな方を選ぶがよい。
ただし妾も易々と殺されはしないがな。おぬしはどうしたい?」
彼女の周りから何かの気配がする。
妖怪はそれぞれ特異な能力を持っているという。
これは、銀蘭の力の1つなのであろう。
「選択が2つとは限らないだろう。儂がもう一つの案を出そう。
殺生石の封印をといてそなたと玉藻を会わせることだ。」
しばらく、沈黙がその場を支配する。
実はこの時、彼女の思考は完全に停止していた。
雲仙の言った言葉があまりにも意外だったので、考えることを拒否したのだ。
(この男、何を言っておる。封印を解くなど・・・)
立ちつくす銀蘭をそのままにして、雲仙は殺生石に近寄っていく。
石に近寄るほどに妖気が濃くなっていく。
それに動ずることもなく、殺生石へ触れようとする。
雲仙はかなり図太い性格だった。
だが、さわる直前に銀蘭が雲仙を突き飛ばした。
「何をする!調べようとしただけではないか。」
「おぬしが触れれば死ぬことになる。」
「なに?」
銀蘭は石にそっと手を伸ばす。
手が触れるかと思ったとき、辺りに強力な霊気が走り彼女を襲う。
その手を離したときには、皮膚が焼けただれ真っ赤になっていた。
「霊界がはった結界。奴らの得意技だ。
人間のおぬしでも、さわればどうなるかわからぬぞ。」
「そなたは何をやっておる!!!」
雲仙は自分の荷物の中から布と膏薬を取り出すと、やけどの手当を始める。
「そんなのは自分で出来る。」
「銀蘭、人の好意は受け取っておくものだ。」
逃げようとする手を強引に押さえ、手当をしていく。
「綺麗な手だからな、手当をしておかねば跡が残る。」
「おぬし、何を考えておる。」
わざわざ妖怪と知っていて、手当をするという雲仙の行動の理由がわからない。
「銀蘭、こういうときはありがとうと言うんだぞ。」
「え・・・・」
その言葉にふと思い出したことがあった。
かつて姉と暮らしていた頃、自分がけがをしたときは姉が手当をしてくれた。
その時、すまなそうにあやまると、玉藻は言った。
『こういうときは、ありがとうって言うのよ。』
(姉様と同じ事を言う・・・・・)
「手当をしたいと思ったからしたまでだ。人間だろうと妖怪だろうと儂は気にせん。」
「・・・・・ありがとう」
それは雲仙が初めて見る彼女の笑顔だった。
「笑うと可愛いではないか。」
その言葉が彼女にに届くことはなかった。
銀蘭はじっと殺生石を見つめていた。
どんな仕掛けをしているか知らないが、玉藻は完全に封じられている。
この状態だったら会話することなど不可能である。
今の銀蘭にはこの封印を破る力はない。
「銀蘭、京へ行かないか。」
「京へ?」
「あそこにはその封印を施した人物がいる。その者に聞けば何かわかるかもしれぬ。」
「京にそやつがいるのか。」
姉を封じた人間、その者と会ったとき自分はどんな行動を取るのだろう。
「儂と一緒に行こう。きっとおぬしの姉と会うことが出来る。」
「そうじゃな、雲仙。そなたの言うとおりにしよう。」
そして、2人は平安京へと進んでいった。
その地が2人にとって重要な場所になることも知らずに。
平安京、それは人と闇が共存する場所。
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