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輪廻 平安編 ~さまよう娘~ 黄泉比良坂


「2人とも失敗したか。ただの人間と甘く見たが、簡単にはいかぬか。
これはおもしろいことになりそうだな。」
「此度の失態申し訳ありません。次こそ必ずしとめて見せます。」
「よい。誠妃、お前には他にやってもらわなくてはならぬ事がある。
奴らのことは放っておけ。それと、古影」
「はっ!こちらに。」
「お前が見た女は、確かに妖孤か?」
「御意に。姿は隠していましたがその妖気は銀を帯びていました。
間違いはないかと。」
「木を従える銀髪の妖孤か・・・ますます楽しめそうだ。
銀の破壊者をまさかこの目で見ることが出来るとは。
あの女は我らの計画に使える。
次はあの者の復活を始めよう。道具もそろったことだからな。」

地中の奥深い場所に、赤黒い炎が燃え続けている。
炎の中心には赤い装束に身を包んだ男が立っていた。
彼の前にはひざまずく古影と誠妃の姿が見える。

「人形は完成した。いよいよ冥府の扉を開くときが来た。
ようやく我が野望が叶う。」
「珠撞(しゅどう)様。京の結界が完全に弱まりました。
いつでも計画を実行することが出来ます。」
「そうか。では始めるとするか。あの忌々しき天つ神どもを滅ぼすために!」

炎の中浮かび上がったのは、体のあちこちを縫い合わされた男と女の死体。
体の個所を調べれば、今までの犠牲者の失われた個所だということがわかる。
ついさきほど、最後のパーツである頭がそろったのだ。
そして炎が照らす場所の奥に、まるで天までそびえるような岩が見える。

「その昔、この国に降り立った2人の神はたくさんの神を生み出した。
後に女が死んだとき、恋しさの余り男は黄泉の国まで追った。
だが、男が見たのは変わり果てた妻の姿。男はそれにおびえて逃げ出した。
お前は愛した男に裏切られたのだ。
見るなと言う約束を破ったのは男の方だというのに。
さあ、目覚めるがいい。そしてお前を見捨てた男に復讐を果たすがいい。
道反の大神は取り除かれる!」

珠撞が霊気を高めていくと、それを石へと投げつける。
消して動くことのないはずの石が、少しずつ動いていく。
石の向こうは暗闇が広がっている。その暗闇から大勢の人影がやってくる。
その中心のひときわ大きな人影が言葉を発した。

「国津神が妾を呼び寄せるとはな。まあよかろう。
黄泉の穴を開けたこと礼を言う。」

穴の奥から出てきたのは、古代の衣装に身を包むうら若き女性。
そばには彼女と同じような服装の女性達が付き従っている。
さらにその後ろには、古代の甲冑に身を包んだ8人の男達がいた。

「妾は伊耶那美神(いざなみのかみ)。盟約は解かれた。
今こそこの世界を黄泉の世界にする時。」

イザナミが女の死体に近寄ると、あっという間にその姿がかき消えた。
つぎはぎだらけだった死体が、徐々になめらかな肌を取り戻す。
肉体が徐々に変わっていき、美しい姿へと変わる。
それと同時に死体の顔が変わっていき、先ほどの女性と同じ顔になっていく。
そして、ゆっくりと死体は身を起こした。
その瞳に生気が宿る。それはイザナミがこの世に蘇った瞬間である。

 太古の昔、伊耶那岐神(いざなぎのかみ)と伊耶那美神は幾多の神を生み出した。
だが、最後に生んだ火之迦具土神(ほのかぐつちのかみ)の火に焼かれイザナミは命を落としてしまう。
妻を連れ戻すためにイザナミは1人黄泉の国へと向かう。
だがすでにイザナミは黄泉の食物を口にしていた。
相談をするというイザナミは決して見るなと言うが、イザナギは彼女の姿をのぞき見てしまう。
そのにいたのは変わり果てた姿となったイザナミの姿だった。
イザナギは地上へと逃げ出すが、イザナミは怒り黄泉醜女(よもつしこめ)達を差し向ける。
彼女たちをやり過ごしたイザナギは黄泉の国との境に石、すなわち道反の大神を置き境目とした。
石がそびえるその場所で、2人はある盟約を交わしたという。

『愛しき我がはせの命、如此為は汝が国の人草を、一日に千頭絞り殺さむ』
(愛しい我が夫、私はあなたの国の人の命を、一日に千人殺しましょう)

『愛しき我がなに妹の命、汝然為ば、吾一日に千五百の産屋を立てむ』
(愛しい我が妻、お前がそうするのならば、私は一日に千五百人を産ませよう)

これが黄泉比良坂の出来事である。

「さすがはイザナミ。この国を産んだ神の1人なだけはある。言うことが大胆だな。
この世を黄泉に変えるとは。」
「ならばそなたの願いは何じゃ。」
「しれたこと。我らを踏みにじった天つ神に復讐を果たすこと。
奴らに取って代わり我らが国を築こう。
そうだな、そのためならばこの世を黄泉に変えてもかまいはせぬ。」
「ならば、我らの利害は同じじゃ。我らが願いをかなえようぞ。」

ふと、イザナミはそばにあった男の死体に目をやる。
両手で死体の顔にそっと触れると、愛おしげに頬をなでる。

「これは妾が夫の体じゃな。我が夫も呼ぶ気か。」
「それはお前が望んでいることでは?
かつてお前を裏切った男に復讐をしたくはないのか。」

イザナミは静かに男の死体を眺める。だが、突如としてその沈黙は破られた。
先ほどまで笑顔でいたはずの彼女は、見るも無惨な顔になる。
髪はほどけ、目に怒りが満ちる。その姿はまさしく鬼女だった。

「誰が許すものか!妾を裏切り見捨てた我が夫を!
そして・・・妾が最も愛した男を・・・」
「ならばお前の夫も蘇らせよう。」

珠撞が男の死体に近づくと、その手に霊気を込める。
その手をさしのべると、死体が輝き出す。
イザナミと同じように、少しずつ肉体が変わっていく。
ゆっくりと男の目が開いた。
それを見つめていたイザナミが、愛おしげに男にすがりつく。

「会いたかった。イザナギ・・・・」

半身を起こした男は、自分に抱きつく女性をじっと見つめている。
ふとその目に悲しげな光が宿る。

「イザナミ。すまないがお前と共にはいられない。」
「え・・・・・」

男はイザナミを体から離したかと思うと、再びまぶしげな光に包まれた。
光は徐々に球体となり男を包み込む。

「また妾をおいてゆくのか?」

球体はあっというまに部屋から出ていき、彼方へと消えてしまった。
それを見届けイザナミは泣き崩れた。

「イザナギは手に入らなかったか。仕方がない。
イザナミだけで充分だろう。次の段階に移らなくてはな。」
「・・・さぬ・・・」

泣き崩れていたイザナミが、ふいに顔を上げた。
その目に憎悪の光を宿らせて。

「許さぬぞ。イザナミよ。一度ならず二度までの妾を捨てるとは!
必ずお前を殺してやる!!!」

珠撞はうっすらと笑った。

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