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輪廻 平安編 ~さまよう娘~ 追憶の終わり


 女神の死後、俺は都をさまよっていた。故郷にはつらい思い出が多すぎたから。
そして、仲間たちを殺したあの男を捜すために。
死んだ仲間たちに簡素な墓を建てて、俺は一人山を下りた。
人型をとれるが外見はまだ子どものため、浮浪児として生活していたが怪しまれることはなかった。
俺はすぐに人としての暮らしになじんだ。
だが、数年の歳月が経っても男の正体も行方も知ることは出来なかった。
次第にあせりとあきらめが見えてきた頃にあいつに出会った。

 家に忍び込んで金目の物を奪って、浮浪児仲間に配るようになったのはほんの気まぐれ。
金持ちの奴らほど警備が厳しい。その目をかすめるのは俺にとっては簡単なこと。
男が見つかるまでのほんの暇つぶしのはずだった。
でも今思うとそれは、俺の力が弱くてどうにかしたいのに何も出来ないのが悔しくて、
ただの八つ当たりの対象に過ぎなかった。

怯える家人どもを横目に、俺はますます行動を広くしていく。
あるとき忍び込んだ藤原の家。
そこでお宝とやらを盗んだ。俺にとっては価値のない掛け軸だったけれど。
これが俺の運命を変えることになった。


 ある夜、いつものように獲物を物色していると怪しげな屋敷を見つけた。
厳重に結界がはられ、妖を近づけない。おそらくは名のある陰陽師の屋敷だろう。
なんとなくムカつく。それが選んだ理由。
入ってみたらそれほど広い屋敷ではない。
まあ元々陰陽師はそんなに位が高い役職ではない。
金目の物は期待できないが一応見てみることにした。
とりあえず見当をつけて、部屋に上がろうとしたとき、俺の動きは止まった。
“何かいる”

『うちに入っても金目の物はないぞ。探すだけ無駄だ。』
『ここの住人か…なんだガキじゃねえか。』

 暗闇の中から歩み寄ってきたのは、十二、三ぐらいの少年。
まだ元服して間もないのか烏帽子が安定していない。
それどころか邪魔そうである。と思ったら落ちた。紐…結べてないな。
何事もなかったように元に戻してやがる。

『最近貴族の家を狙う盗賊というのはお前だろう?。
おまけにこの前藤原様の屋敷で盗みやったろう。困るんだよなあ。
あの人苦手だから、あんまり関わりたくないってのに。
お前が盗んだから俺に回って来るんだぞ。“盗賊を捕まえろ”って』
『だったら何で受けるんだよ。』
『しょうがないだろ。大人の事情ってやつだ』
『元服したてのやつが偉そうに。おおかた誰かの受け売りだろ。』
『な、なんでわかる…お前、あそこにいたのかよ!』

おうおう、見るからに動揺してやがる。その烏帽子の被り方ですぐわかるぞ
…なんだこいつ。今度は俺に向かってその藤原様とか、親父とかの愚痴を言い始めた。
…お前、あんがい苦労しているんだな。
だけど一応言っておくけど…俺は盗人で、お前はその対象となった家の奴だよなあ?
こんな緊張感のないやつ始めてだぜ。…お、ようやく目的を思い出したようだな。

『とりあえず、お前を捕獲する。』

ガキはいきなり真言を唱えはじめた。冗談じゃねえ、捕まってたまるか。
っていうか、こいつそこらの陰陽師より強くねえ!?

『雷鳴よ彼の元へ来たりて敵を討て』
『捕まってたまるか、錬針!!』

天から落ちてきた雷は、地面に突き刺さった針に落ちる。
そう簡単に俺はつかまらねえ。

『ふむ。困ったな。はやいとこ終わらせたかったが、仕方ない。
と言うよりお前、やっぱり人じゃなかったんだな。』
『おいおい、今更かよ。そうさ、俺は人じゃあない。
はっ、お前ごときじゃ俺は捕まらねえぜ。
もし、捕まえられたらお前の式になったって良いぜ。』
『それはいいな。ちょうど式がほしかったんだ。』

もちろん、この時俺が言ったのは冗談だった。
捕まえられないと本気で思っていたから。
多少腕は立つが、どうせガキ。だから捕まえることできっこねえ。
いつものようにからかって逃げればいい。
そうになるに違いない。けれど、そうはならなかった。

『天帝帰依し奉る 真言賜りて恩命にとく
彼の者神ならば我が元へ来たり 彼の正体かいま見て告げる』
『待て!何でお前がその真言を知ってるんだよ!?』
『彼の正体は蛇神 汝、己が役目に戻りて名を告げん』
『嘘だーーーーーーー!!!!!!』

「正体見破られちゃったんだ。」
「一目見てすぐにわかっただと。あのやろはなっからそのつもりだったんだ。
俺はだまされたんだよ。」
「でも式になるって言っちゃったのアンタでしょ」
「う…ま、まあな…」

 ガキが唱えたのは正体を見破れれば、その者を支配下における真言。
俺はまんまとそれに引っかかったわけだ。
捕まってからもしばらくはギャーギャー言ってたが、時期に体力も尽きた。

『お前、やかましいやつだなあ。』
『うるさい。それよりお前、俺を式にするつもりか』
『お前が最初に言い出したことだろ。だから言え。』
『何を。』
『お前の名前。』
『てめえなんぞに教えねえ。』

…言えるか~~~~~~~~~~~
自慢じゃねえが俺に名はねえ。
一度言った以上式になるのは仕方がないが、こんなガキにんなこと正直に言えるか。

『さっきから、全部聞こえてるぞ。』
『マジ?』
『マジ。』

しばらく、沈黙が流れた。お互いに気まずかった。そりゃあそうだろう。
名前を持たない蛇神なんていやしない。
けれどその沈黙を断ち切ったのはガキの方だった。

『蛇晃』
『へ?』
『今日からお前の名前は蛇晃だ。俺は安倍泰成。覚えておけよ。』
『おい、俺はまだ良いって言ってねえぞ。勝手に決めるな。』
『言い出しっぺはお前。さ、まずは盗んだ宝を出してもらおうか。
まあ配ったものまで返せとは言わない。残っているやつだけでいい。』
『だから、勝手に決めるなーーーー!!!』

 屋敷に蛇晃の盛大な怒鳴り声が響いた。
これが、泰成と蛇香の長い付き合いの始まりだった。


「…要するに、ヘマやって捕まってそのまま居候ってわけ?
しかも真名知られてるって事は式神として服従してるって事でしょう。
よくまあそんなに主人に逆らえるわね。」
「好きなようにさせてるのは、アイツの方だぜ。
命令聞く小間使いなら自分でつくるって言ってるからな。
結局、アイツも俺もこれでうまくやってるんだ。」
「おもしろいわね。
まあ、私だって銀蘭様は好きなようにさせてくれるし、お互い様ってところかしら。」
「お前らのとこが仲よすぎなんだよ。」
「あら、いいじゃない。私は銀蘭様も蓮花も大好きよ。」

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