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―――親愛なるカディオ。お元気ですか?
私たちは相変わらずの毎日を過ごしているわ。
あなたは無茶して子竜たちを困らせたりしていないでしょうね?
頑固で融通の利かないあなただから、心配で仕方がないわ。
その日は曇り空だった。太陽は灰色の雲の中に覆い隠されその光は地上に届かない。
たくさんの男たちが鋼の鎧に身を包み、その手にむき出しの鋼の剣を携えていた。
あなたの師であるリカルドが死んでから、もうずいぶんと経つけれど
時はあっという間に過ぎていく。そう思うわ。
人は私たちほどの寿命を持たない。
それはわかっているけれどもう少し生きていてほしかった。
男たちは無言のまま進んでいく。彼らの国は隣国への侵略を考えていた。
先日、国の命令によって徴兵された男たちは、己の意志を無視されたまま戦場へと送り出された。
勝利したときには褒美をとらせようという言葉を信じて。
それはよくある話に過ぎなかった。
もうすぐ夏が来るわね。あなたの生まれた日が。
でもあなたは夏が嫌いかしら?リカルドが死んだのは夏の終わりだったわね。
けれど、カディオ。私たちはあなたが生まれてきてくれてよかったと心から思うわ。
リカルドのことは悲しいことだったけれど、彼は最後にあなたという希望を残してくれた。
私たち精霊に夢を与えてくれた。
ふと、男たちの前に人影が見えた。
その人影は白いローブに身を包んでおり、年齢や性別はわからなかった。
ただ、背格好からして若いのではないかと、後に生き残った兵士が述べた。
その人影…“彼”と呼称するが彼は、軍隊が近づいても逃げることなく丘の上に立っていたという。
当然、兵士たちは彼を排除しようとした。
だが、出来なかった。
あの時の光景を覚えているかしら?私は忘れたくても忘れられない。
アリオンはあなたとリカルドを守ろうと前に立ちふさがった。
シルフィーは目の前の光景が信じられなくて呆然としていた。
アクアは悲鳴を上げて泣き叫んでいた。
イリトは怒っていた。リカルドを殺した奴らを許せなくて。
ウィルはリカルドの手当をしようとしていた。
手の施しようがないことがわかっていても。
シャルドは…あなたの名前を呼んでいたわね。
私は…私は彼が死ぬのをただ見ていた。なにも出来なかった。
彼は、何も言わなかった。ただ、腕をひらめかせただけ。
その手から何かの光が生まれた。それは月を思わせる銀色。その光は空に魔法陣を描く。
そして言った。“弾けよ”
とたんに、先頭にいた兵士たちが爆発音と共に吹き飛んだ。
誰かが言った。“敵だ!銀鳴の共鳴術士だ!!”
あたりに生まれた銀色光が彼を照らす。その光の中で、銀の瞳が敵を見据える。
救いがあったのは…いいえ。救いではないわ。
あれはあなたを守ろうとしたリカルドの起こした奇跡だったのね。
だって私は聞いたんですもの。“起きるんだ。カディオ”
その言葉が人形だったあなたを起こした。
心を封じられたあなた。でも起こしたのはあなたの師だった。
自分の命と引き替えに。
大勢の人間が死んでも彼は動じることはなかった。
否、彼は笑っていたように見えた。
多くの兵士たちが彼に怯え、そして彼を殺そうと突撃した。
だが、出来なかった。
今はもう精霊術士ではなくなったけれど、私たちはあなたとの契約を解消する気はないわ。
あなたは今は忘れられた精霊術を使える最後の一人。
もしも、あなたやリカルドの様な人ばかりだったら、私たちと人の関係はきっと今と違っていたでしょうね。
もう、無理な話だけど。
最初に異変が起きたのは大地だった。
盛り上がった大地が兵士の行く手を遮り、そしてひび割れた大地に吸い込まれていった。
落ちた者を救おうとした者は、地面に足留めされた。
地面から伸びるツタに足を取られ、全身ツタに絡め取られていった。
次に水が吹き出てきた。水は意志持つかのように兵士たちに襲いかかった。
むろん、身動きなどとれるはずもない。
水の驚異から逃れ得れた者は荒れ狂う炎によって焼かれた。
その炎を煽るかのように、強い風が吹き荒れ、風に煽られて剣を味方に向けて同士討ちするものが耐えなかった。
そして兵士たちの死に直面した後方の仲間は、まぶしき光によって全身を焼かれた。
その光が消えて安心したかと思うと、最後に生まれた闇に飲み込まれていった。
ある人は言った。“精霊は道具であり、消耗品だ”と。
でもある人はこう答えた。“精霊は友であり、仲間だ”と。
友と答えた人は確かにそれを証明して見せた。
私はリカルドやあなたと出会えたこと嬉しく思うわ。
すべてが終わった戦場には、命の気配は感じられない。彼と彼の守護精霊を残して。
血にまみれた大地を癒すために彼はもう一度命じた。“蘇れ”
ひび割れた大地は元に戻り、ツタは大地を多い草原と花々を生み出す。
水は草花を潤し、炎は倒れた兵士たちの骸を焼いていった。
風は優しく吹き込んで、戦場の後を消した。
光は曇り空だった空から、晴れを呼び戻した。
そして、最後に、死にゆく魂に安息をもたらそうと闇が包み込んだ。
すべてが終わった大地に彼は立つ。その白いローブはすでに赤く染まっていた。
けれど、彼はその光景に涙一つ見せなかった。
まるで人形のように死にゆく人たちを見つめていた。
昔はこうではなかった。あの男たちが彼の心を封じ込めるまでは。
人を死を何より拒み、誰かを殺すたびにその両手を何度も洗っていた彼。
その彼を守ろうと、彼の守護精霊たちが優しく寄り添って帰ろうと促した。
彼もそれに答え、きびすを返したとき、彼の師がそこにいた。
“一緒に帰ろう”とそう言った。彼もそれに答えて師の元に駆け寄った。
今度、あなたの元に遊びに行こうと思うの?だめだったらちゃんと言ってね。
いつでもいいから。あなたの顔を見たいだけなの。
いろんな事があったわね。悲しいこともつらいことも。
今のあなたは幸せかしら?あなたが幸せならそれでいいわ。
今度の手紙には、あなたの子竜やお友達のことも書いてね。楽しみにしているから。
お返事なるべく早くちょうだいね。待っているわ。
あなたの守護精霊 ドリーより――
「カディオ、お手紙かい?」
「おい、ミリュウ。部屋に入ってくるならノックしろといつも言ってるだろう」
「まあまあ、いいじゃないか。声はかけたんだから。
それ、誰からの手紙?」
「ああ、これか…友人たちからの手紙だ。昔なじみのな」
「へえ、カディオにもそんな人たちいるんだ。ちょっとずるいな」
「どうして」
「だってさ、ボクの知らないカディオを知ってる」
「その分、こっちの俺のことを知ってるだろう」
「そりゃあそうだけどね。」
「…だったら奴らに聞けばいい。今度こっちに来るそうだから。」
「ホント!じゃあそのときは教えてね。楽しみにしてるから」
「ああ、約束する」
追伸 あなたのお友達にも紹介してね?
私たちの知らないあなたを知りたいから。
約束よ、カディオ。
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