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平和な時代はあっという間に過ぎていく。時の流れは川の流れと似ているかも知れない。
止まることを知らずに流れていく。そう、平和な子ども時代は終わりを告げた。
蛇晃が暮らしていた山は神域と呼ばれ、村の者たちが近づく事はなかった。
生まれたばかりの蛇神だった蛇香や、物の怪たちが暮らすには十分な領域。
もめ事もなかった。
みな温厚な者たちばかりで、村人の仕事を手伝うものもいたり、覚えたばかりの術で驚かしたり子供じみた悪戯をするくらいだったから。
それゆえに人間と衝突することは滅多になく、うまく付き合っていた。
そして、その地を守護していた妃瀬彌女神(ひせびのめがみ)は、人間をとても愛していた。
人は彼女のことを敬った。土地を守る神として崇め奉った。
神にとって人はか弱くもろく儚い存在かも知れない。
けれど、その一瞬を大事に生きる人間を何より愛していた。
「俺も一応蛇神だが、そこにいる物の怪や神の中では一番年下でな。
下っ端なもんだから、上の奴らにずいぶんいじめられた。」
「そのぶん、逆襲したんでしょ。」
「そりゃあ、おとなしくやられるってのもシャクにさわるからな。
そういうお前だったらどうするんだよ。」
「当然、ハ・ン・ゴ・ロ・シ。」
嬉々としてというより、胸を張っていかにも当然という彼女の姿に少し不安を覚える。
精霊というのはこういうものだったか?
(違うな…戦いの精霊ならともかく、こいつは樹木の精霊。
温厚で人を傷つけることは滅多にないって連中のはずだ。)
案外、精霊としてやっていけないから守になったかもしれない。
主以外、簡単に攻撃するこいつはすでに精霊とは言えない。
もっと別の何か。それゆえの守。
「何か言った?」
「い、いや。なんでもねえ。続きいくぞ。」
妃瀬彌女神は神として高位の存在であり、その能力も高かった。
だが、その力を発揮することはほとんどなかった。見守ることを選んだが故に。
“運命の流れに任せましょう”それが彼女の口癖。
物事には流れがあり、その流れに逆らうことは出来ない。
ずっとそれを言い聞かされていた。
「私が宿っていた桜も同じ事言ってたな。
神様とか、長生きした生きものってみんなそういう風に悟るのかな。」
「さあな。そこら辺はそんなに長生きしてない俺にはわからんが。
ただ、なんとなくわかるような気がした。」
「それで、どうして彼女はいなくなったの?」
それまで止まることのなかった風がピタリと止んだ。
その先を聞きたくないと、思い出したくないと。
「―――殺された。それも彼女が最も愛した人間たちに。」
命を愛し、民を愛し、そして何より命短い人を愛した女神。
けれどその想いを踏みにじったのは、村に訪れた一人の男。
男は言った。
『祟り神を滅ぼさねば村が滅びる。』
「何なのその男。妃瀬彌女神はその地を守る神様でしょう。
よくまあそんな嘘をつけたわね。地元の人間もそれを信じたの?」
「ああ、信じたぜ。奴らがこうも簡単に団結するのを俺は見たことがねえな。
当時、里には天候不順と凶作、おまけに謎の伝染病がはやっていた。
んでその原因を全部、あの妃瀬彌女神に押しつけやがった。
女神が本当に守護するものならば助けて見せろ。それが出来ないお前こそが犯人だろう。
それがやつらの言い分。
けどよ、あの人は助けようとしてたんだ。」
男が来るよりずっと前から、彼女は原因を探ろうとした。
当然だ。病も伝染病も不作も彼女が最初に気づいたのだから。
己の守護する川が何かによって汚染され始めた。それがきっかけ。
だが、気づくことしか出来ず解決策も原因も見いだせないまま、あの男がやってきた。
女神の元にいた神や物の怪たちはなんの役にも立てなかった。
守護と癒しに力を注ぎ、日々衰弱していく女神。
顔色は悪く、床に伏せることも多くなった。
周りが止めても聞かず、最後には立つことすら難しかった。
自分の命すらも代価にして、最後まで救おうとした。
けれど、人間達はそれをわかろうとはしなかった。気づくことがなかった。
「あきれた。守護が消えた土地は余計衰えていくのに。何考えていたんだか。」
「里の奴らがそんなこと考えるかよ。目の前の元凶が犯人だ。それを倒せばなんとかなる。
他の可能性なんてやつらにはどうでもいくて、反対する奴のほうがおかしいんだ。
実際、女神を擁護したやつもいたが、殺されたって聞いたぜ。
里の秩序を乱す者として見せしめとして殺された。
あの方には、なんどもここを離れようと言ったんだが、あの人は聞いちゃあくれなかった。」
『それはなりませぬ。』
『なぜですか!このままでは女神様のお命に関わります。
今までの恩義も忘れた人間たちなど…もう放っておいてしまえばいい!!』
『それでも、妾はこの土地の神じゃ。天照大神様より直々に守護を任された。
あの方の期待に応えねばならぬ。それに妾は結局彼らを見捨てられぬ。
…すまぬ。じゃが、これが妾のけじめじゃ。』
『妃瀬彌女神様…』
「事態が悪化するまでに時間はかからなかった。
女神を擁護する里の奴らが殺され、次に女神に使えていた神社の神主や巫女が殺された。
人間たちは聖域に入り込み、川を埋め立てようとした。」
「ってことは、その川が彼女の器だったのね。」
「全部あの男の入れ知恵さ、俺たちが里の奴らを追い払うのも全部計算してたんだ。
俺たちはまんまと罠にはめられた。」
女神のように土地を守護する天津神は、その土地に自分と通じる器を置くことで人間界に存在できる。
岩であったり植物であったり、自らに深い関わりを持つ物を置くことで、この人間界に存在していられるのだ。
女神の場合、自分がつかさどる水に通じる川こそが、器になるものだった。
器の破壊は人間界に存在できる媒介を失うと言うこと。
それは神が本来の世界に戻ることを意味し、最悪、神は媒介の破壊に引きずられ消滅してしまう。
それは神にとって死。二度と蘇ることの出来ない消滅。
本来、人間たちはそのことを知らない。
しかし、あの男だけはそれを知っていた。
「俺たちは一度奴らを追い払った。けれど、その時に俺たちの力を知られてな。
次に来たときは対処法をしっかりと考えてやがった。
当然、仲間は次々と殺された。」
「対処法を教えたのはその男でしょ。そいつなんだったの?人間なの?」
「人間さ、ただし陰陽師だったがな。宮廷に属しない陰陽師。
そいつが先導して次々と殺しやがった。
俺たちは一度も人間たちを殺さなかったのにな」
川を埋め立て、火を放つ。山はあっという間に炎に包まれた。
その時、運悪く風が吹いていて、火は消えようとはしなかった。
燃えていく山の中、女神は火を消そうとしていたが、弱り切った彼女には火を消すだけの力は残っていなかった。
仲間たちは次々と倒れていき、いつのまにか彼女と二人っきりになっていた。
『逃げて、そしてあなただけは生き延びて。』
『いやです。俺も闘います。』
『聞き分けておくれ、愛し子よ。この地で生まれ、祝福を受けた最後の子。
そなたが妾たちを覚えていてくれれば、妾たちは救われる。』
『妃瀬彌女神様、それでも俺は闘います』
最後に見たのは、微笑んでいる彼女の姿。
その終わりの時まで彼女は美しかった。
血に染まった体から徐々に光が生まれ、そして空へと消えていった。
それが妃瀬彌女神の最後だった。
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