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目の前で多くの者たちが死んでいくのを見た。
父のように慕った大天狗も、親友である犬神もあっけなく殺された。
生まれてまだ十数年しか経っていない自分には、みんなのような力はない。
足手まといにしかならない。―――それでも、助けたかった。
仲間を、、あの方を守れるならば死んでも良いと思っていた。
『貴様だけは…貴様だけは許さない!』
『ほお。年若い蛇神ごときが儂に逆らうか。おもしろい、相手をしてくれる』
かなわないのはわかっていた。相手は強い力を持った陰陽師。
神や妖怪との闘いに最も適した男。それでも逃げたくなかった。
大事なものを守るために。
『くらえっっ!』
研ぎすまされた針が男に向かっていく。それは今と比べられないほど、か弱く細く。
けれど生み出された無数の針は男へ向かっていき、そして阻まれた。
男が何かの真言を唱えた。それだけで終わってしまった。
『ナウマクバサランダ。ウン』
向かっていったはずの針は一気にかき消える。それに気を取られた一瞬の隙。
次の瞬間、ドスッと鈍い音がした。
意識が消えかけたが、何とか奮い起こし自分の体を見た。
先ほどの針が、体中に突き刺さっている。呪詛返し、返し技は男の得意技だった。
そう認識したとたん、すさまじい激痛が襲った。
『ぐわあああぁぁーーーーーーーーー』
痛みに苦しみ地面に倒れ伏す。男はただ満足げに笑っていた。
かいま見たその顔が、まるで鬼のように見えた。
(このまま死ぬのかな…)
男はただ針を返しただけではなく、呪術で痛みを倍増したらしい。
全身のおびただしい出血が止まらない。
自分も仲間たちのように死ぬ。それも悪くないとそう思った。
ふと、暖かい光に包まれたように感じた。
それは、この世に生まれたときに初めて感じた優しい光。
『…大丈夫?』
『妃瀬彌女神様……』
見上げると、優しく微笑む女神の姿があった。
死にかけた自分を残った残り少ない力で癒している。
自分の命を削ってまで。
『女神様!これ以上力を使ってはいけません。本当に消滅してしまいます!
自分のことは気にしないで、はやく逃げてください!!』
『ありがとう。』
とても優しい声が返ってきた。
その声は戦いが起きていることなど感じさせない。平和なときと全く同じ話し方。
気づいていましたよ。あなたはどんなときも動じることなく俺たちを励ましてくれた。
『女神様…?』
『妾は守護としての資格を失いました。これでは大御神様に申し訳が立ちませぬ。
けれど、妾に出来る最後のことをしようと思います。
そなたに名前を付けられなかったことだけが心残り…。
愛し子よ。そなただけは、どうか、生き延びて…』
次の瞬間、何かの光が俺を包んだ。
守護壁だとすぐにわかった。女神の得意技。
『女神様…やめてください!』
『さようなら。いつかまた会いましょう。』
女神の歩みは止まらない。迷いを見せないように。
悪鬼のような男を怖じけることなく見据える。
『人間よ。そなたのした行為を許すわけには参りません。
妾の残る力全てを使っても、そなたを倒します。』
『か弱き女神よ。先ほどの癒しでもはや力は残っていないはずだ。
その幾ばくの力もない身で儂に刃向かうか。
あのような蛇神など見捨てておけばよかったものを。』
『否、見捨てることなど出来ませぬ。あの子は妾の愛し子の一人。
妾が助けることの出来なかった命の分をあの子に託して。
今はまだ弱い存在だけど、きっといつか守れる存在となります。』
『フッ・・・言いたいことはそれだけか?
死ぬがいい、妃瀬彌女神!』
男の術により闇が生み出され、辺りを覆い尽くした。
しかし、全てを包もうとしたとき、辺りに光が生まれた。
それは女神の最後の力。命を燃やして得た力。
光は天まで届き、闇を消していく。光は雲を呼び雨を願う。
聖域に放たれた火が徐々に消えていく。
男が慌てる中、女神はいつものように笑っていた。
どこかで水の音を聞いたような気がする。
ドサッ。何かが地面に倒れる音がした。
見ると、もはやピクリとも動かない女神の姿が見えた。
その口元から赤い筋が流れ、腹部から流れるおびただしい出血が女神の衣を赤く染める。
『女神様…?こんなの嘘ですよね…嘘だっ、嘘だと言ってくれ!』
『嘘ではない。』
男は女神が倒れたことを確認すると、おかしそうに笑い出した。
『己の命よりも、この地を守ることを優先して死に絶えるとは。愚かな。
もはや残るは貴様のみだが、倒す勝ちもない。せいぜい無力な自分を笑うがいい。』
どれだけ、時間が経ったのかわからなかった。
いつの間にか雨は強くなり、闘いの痕跡を洗い流している。
男はいつの間にか去っていて、倒れた自分と女神だけが残された。
すでに守護壁は消えている。
なんとか体を動かして女神の元に駆け寄ったが、すでに息はなかった。
力の喪失による消耗。人間界に存在するための器の破壊。
そして、自らが守護する土地が汚れたことで、女神が存在するだけの力は失われていた。
皮肉なことに、その時はじめて人型を取ることが出来た。
蛇の姿では女神を運ぶことが出来ない、その思いが人型を取る力となった。
それでも、まだ幼い少年の姿には変わりなかった。
『女神様!妃瀬彌女神様!頼むから…起きて、一人にしないで。
…まだ何の恩返しも出来ていないんだ。だから…死なないで!』
《ありがとう。愛しい子》
『女神様?』
頭に響くその声は、紛れもなく女神のもの。
でもそれは別れの言葉であり、最後の言葉であった。
《そなただけは生き延びて、そして幸せになって。》
次の瞬間、腕の中に抱きしめていたはずの女神の体が崩れはじめる。
女神の体から小さな光が生まれ、それは天井へと上っていく。
つかもうとしても、それはするりと抜けていく。
光が消えると腕の中には、女神の身につけていた服だけが残された。
かすかに残ったぬくもりを抱きしめながら、泣いた。
その悲しみの声は聖域すべてに届いた。
雨はずっと降り続けていた。死んだ女神を哀れむように。
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