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イザナミが蘇ってから数日。
連日における犠牲者はパタリと止まったが、それ以来何事も起きていない。
静かすぎるほどに。
その事態を懸念し、敵の情報を探るべくある二人を出向かせた。
蛇晃と桜麗がともに鞍馬山へと出向いたのはそう言う理由だった。
「う~ん、気持ちいい~。銀蘭様や蓮花もくればよかったのに。」
「アホ、遊びじゃねえんだぞ。」
会って数日ばかりのこの二人。
しかし、初対面時の帰り方がまずかったのか、会うたびに口げんかをしている。
周りは“喧嘩するほど仲がいい”と放置しているが、二人はその度に強く否定している。
まさに知らぬは本人ばかりなり。
「本当にこの山に妖狐がいるの?」
「ああ。と言っても俺は会ったことがねえけどな。
安倍家最大の陰陽師安倍晴明を産んだ葛の葉が、後にこの鞍馬山の山神になったことだけは確からしいぜ。」
「ふ~ん、銀蘭様と同じ妖狐か。どんな方かな。
あの方の名と音が同じ鞍馬山の山神の妖狐ってなんだかおもしろい。」
「お前、緊張感の欠片もねえな。
一応言っておくが、いつ敵に襲われるかわかったもんじゃねえぞ。」
蛇晃の忠告をほとんど聞き逃し、川辺で水遊びを始めていた。
上流から流れてくる落ち葉を拾いながら、彼女は言う。
「敵なら、殺せばいいだけよ。」
その言葉に、蛇晃が目を見張る。
彼の目に映るのは幼い少女。
けれどその目に、外見のような眼差しは見えない。
鋭く冷徹な瞳。決して幼い少女が持つものではない。
「あたしは二守。銀蘭様を守り、お仕えするのが使命。
銀蘭様を傷つけるものは何であろうと許さない。
あたしは都や人には興味がない。でも銀蘭様が命じるのであれば、それに従う。」
「お前、本当に主命なんだな。その忠誠心は恐れ入るぜ。」
「普通ならあなただって同じでしょう。式神は主人に忠実なはずだしね。
平気で逆らうあなたの方が変なんだよ、きっと。」
「そりゃそうさ。俺はアイツの部下になったわけじゃねえからな。
お前さんとは違う。」
「じゃあ何で一緒にいるの?」
風がなびく音がした。
急に強くなった風は、桜麗が手にしていた木の葉をどこかへと運んでいく。
それを気にすることもなく、2人の間には沈黙が流れていた。
「お喋りが多いな。それも主の影響か?」
「さあね。でも、あたしは何となく気になった。
銀蘭様が、あれは式神としては少しおかしいって言っていたしね。
敵ではないし、一応味方。これは私のただの好奇心。」
「フンッ、お前変わったやつだな。」
「そりゃそうよ。
なんたって精霊として修行を積まずに、わざわざ妖狐の守になった変わり者だもの。」
「…って。お前、精霊かよ!」
「元だよ。今は銀蘭様の守。あたしの宿っていた桜の木が寿命で死んじゃってね。
銀蘭様に拾ってもらった。私の守る人であり、私の全て。
あの方を傷つけようとする全てを、私は許さない。
それがたとえ、あなたたちであっても。」
さすがに冷えると思ったのか、水遊びを止めて川から上がる。
髪と衣服を整えて、寒いと騒ぐその姿には先ほどまでの冷たい瞳はどこにもない。
外見上は少女に見えても、彼女の本質は変わることはない。
「お前、本当に主命だな。恐れ入ったぜ。」
「あたし、思うんだ。
一生に1人くらいは、その人のために命をかけられる。
その人の力になりたいって思うような人が出来るって。
あたしにとっては、それがあの方だったって事。
きっと今もこれからもずっと変わらない。」
「なるほどな。そういうことなら、俺にも1人いたぜ。」
「・・・・まじ?」
何も言わずに蛇晃は川辺に腰を下ろした。それを見習って桜麗も隣に座る。
どこか懐かしむように川を見つめている。
それは彼にとってたった一度の忌まわしい記憶であり、すべてを失った日。
「俺がまだ蛇神として、人型すらとれなかった頃の話だがな。
当時、俺は京に近い山奥の川辺で暮らしていた。
そこにいたのが妃瀬彌女神(ひせびのめかみ)。水と氷を従える女神。」
そう、あの人はいつもあそこにいた。
静かに流れる川辺に立ち、いつも微笑んでいた。
まだ年若い蛇神の自分をいつも気にかけ、まさに母とも姉とも慕っていた。
いつか力をつけて、あの人の力になりたいとずっと願っていた。
結局かなうことはなかったけれど。
「優しい人だったの?」
「ああ、優しくて厳しい人だった。
俺は結構悪さをしていてな。いつも説教されていたよ。
けれど、あの人はいつも最後には許してくれた。」
「悪ガキだったのは、昔からっと。」
「お前なあ。そういうどうでもいいことを。」
「はいはい。細かいことは忘れて、続き続き。」
「お前、いつか覚えておけよ。
三年位前のことだ。人間たちが俺たちの川を襲ったんだ。」
同時刻。安倍泰成邸には泰成と吉明の2人が、仲良くお茶を飲んでいた。
お酒にしなかったのは、雲仙と銀蘭の2人がすぐにやってくることを知っていたから。
客を出迎えるときによっぱらっいては意味がない。
いずれにせよ、彼らが来たら飲むことにはなるだろうが。まだ昼間だというのに。
「泰成殿。あなたは銀蘭のことをどう思いますか?」
「ブハッ」
飲んでいたお茶を勢いよく吹き出し、そのまましばらく身動きしなかった。
吉明はそれに動じることなく、式神にこぼれたお茶を拭かせ、新しいお茶を持ってくるように命じていた。
「い…いきなり何を言われるんですか。あなたは!」
「純粋な好奇心と言ったところかな。それに惚れているのでしょう?銀蘭に。」
「惚れたなどそのようなことはありません。私は、ただ彼女に謝りたくて。」
「それは銀蘭を傷つけますよ。」
持っていたお茶碗を静かに床におろす。
真っ正面に泰成を見据えたその瞳に吸い込まれそうな気がした。
底の見えない何か。
「確かに銀蘭を取り巻く運命はとてつもなく大きい。
姉である玉藻がそれを破壊しようと暗躍したのもね。
けれど、不幸せだったわけではない。
優しい兄姉と信頼できる部下がいた。それだけでも幸せと言えるでしょう。
泰成殿。あなたがしようとしていることは彼女にとって、ただの哀れみであり、中途半端な優しさなのですよ。」
「吉明殿。あなたは何を知っているのですか。」
「私とあの子はあるつながりがありましてね。
そして、あなたにもその縁がある。縁とはおもしろいものです。
どんなに離れていても、どんな別れになってもいずれは巡り会う。
あなたはそう思いませんか?」
「あなたは・・・・。だれです。」
「ただの陰陽師ですよ。」
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