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『ねえ、聞こえているかな?早く生まれておいでよ。』
生まれたときのかすかな記憶。始めに見たのは暗闇。
でもそこは決して怖いところではく、むしろ居心地が良くずっとそこにいたかった。
けれどいつの頃からか、“私”を呼ぶ声が聞こえてきた。
一人は優しくあたたかな声。一人は威厳のあるそれでいておおらかな声。
そしてもう一人は、幼い声で私を呼んだ。“早く生まれておいで”と。
『ようやく会えたね。始めまして、私がお姉さんだよ。
この世に生まれたばかりで、不安だらけだった私をそっと抱きしめてくれた人。
どんなときも優しく見守り、そばにいてくれた人。
たとえ、どんなに離れてもいつか会えると信じ続けた人。
私のたった一人のお姉様。
「世の中似た顔の人間は三人いると言いますが、まさか神や妖怪にもあてはまるとは思いませんでした。
蛇香が言うには、ちょっとした雰囲気の違い以外はそっくりだそうですよ。」
「姉様ではないことはわかる。場に残った気は姉様とは全く違う。
けれど姉様と似ているという女性を見てみたいとは思う。」
「まあ、関係者のようですから会う機会はあると思いますよ。」
桜麗からの報告を聞いた翌日、銀蘭は一人泰成の屋敷へと出向いていた。
理由は簡単、桜麗の報告にあった誠妃のことを聞くため。
本当の目的は蛇晃だったが、彼は桜麗が来たと言った瞬間逃げたらしい。
その原因は、早く帰ろうとした桜麗にあった。
蓮花が鳥の姿をとるように、桜麗のもう一つの姿は竜。
しかし、まだその姿をとれるようになって間もない桜麗は、誰かを乗せて飛ぶのが下手だった。
それも蓮花の指導の元で訓練中の身。
その桜麗が、早く帰りたいがために全速力で飛んでいき、投げ捨てるように泰成の屋敷に蛇香を置き去りにしたらしい。
…蛇香の証言。
『いろんな目に遭ってきたが、あんなのは二度とゴメンだ。
あれは乗り物なんつうしろもんじゃねえ。桜麗に運ばれるくらいだったら、俺は逃げる!』
蛇香はどんな体験をしたかは決して喋ろうとはしなかった。
…桜麗の証言。
『だって用事すんだから早く帰りたかったし。
…蛇香のことは考えなかったのかって?
ああ、忘れてた。落ちても死にはしないと思ったし。』
それを聞いた蛇晃が桜麗と大げんかをしたのは数日後の事である。
「そういえば雲仙殿はどうしたんですか?いつもは一緒に来るのに。」
「どうせならつまみを持っていくとか言って市場へ行きおったわ。
蓮花がついておるから大丈夫じゃ。
桜麗は蛇香を捕まえに行くと言って出ていったが見つかる事やら。」
「放っておきましょう。たまには良い薬です。
それにしても仲がよろしいですね。二守…なかでも蓮花と。」
蛇晃の話にも聞いていたが、銀蘭と二守との絆はとても強い。
特に蓮花とは唯一無二の絆を感じる。
蓮花という名前を聞いただけで、彼女はこんなにも笑う。
「蓮花はな、妾が小さな頃からずっとそばにいてくれて家族も同然の娘じゃ。
姉様が忙しいときにはいつも妾の相手をしてくれた。
妾は蓮花が大好きじゃよ。」
そう言う銀蘭はとても嬉しそうに微笑んだ。
正直、始めて見る顔だった。銀蘭と自分の関係は良いとは言えない。
いや、むしろ自分は姉の敵。
銀蘭はほとんど雲仙のそばを離れず、自分のそばには寄ってこない。
そして、自分でも銀蘭に話しかけづらい。
こうして面と向かって話すのは、始めてかも知れない。
「妾の両親は、妾が生まれてすぐに死んだ。それゆえ姉様が母親代わりであった。
蓮花もいたから妾はちっとも寂しくはなかったわ。」
ふと、銀蘭が何かに気づいたように顔を上げた。
この屋敷は広すぎる。一人が(正確には蛇香もだが)住む大きさではない。
「そういえばそちの家族はどうした?天涯孤独とも死に別れたとも思えぬが。」
「両方生きてますよ。
親父はさっさと隠居して悠々自適の生活を送るのが夢と言って、母親つれてどっかに旅行に行きました。
今頃どこをうろついているんだか…少なくと、あの親父はそう簡単にくたばりません。」
そう、断言する泰成に銀蘭が目を丸くする。
「実の親じゃと言うのにすさまじい言いようじゃな。」
「ありゃあ、妖怪です。それも年期を経ている分タチ悪いです。
昔から修行と言い放って、貴船の山に一月放置するような親ですから。」
今度こそ、銀蘭が絶句した。
彼女は両親との思い出がほとんどない。だが、こういう親は見たことがない。
「(に、人間っていったい…)」
「俺の親は放っておきましょう。
それより、あなたにとって玉藻はどういう人でしたか?」
「会ったことがあるのではないか?」
そう言われるのももっともだ。
けれど、以前会ったことがある玉藻はとても冷たい人に見えた。
周りの者を信用せず、ただ目的のために利用する。
国を乱すために法皇に取り入ったが…国を滅ぼすのに一番てっとりばやい人間を狙っただけだろう。
だが、銀蘭が語る玉藻は残酷な妖婦ではなく、むしろ慈悲と慈愛に満ちた人。
それを比べて見れば同一人物とは思えないくらいに。
所詮、自分が知っているのは彼女の仮面に過ぎないのだろう。
「私が出会ったのは玉藻の前という宮廷を荒らした大妖怪。
でも、あなたが知っている玉藻を知りたいんですよ。」
「姉様は、妾を愛してくれた人じゃよ。」
そう、語りはじめる彼女はとても優しい目をしていた。
はじめて会ったときの冷たい瞳はどこにもない。
「生まれてすぐに親が死んだ妾に、父のように母のように接してくれた。
そして何も知らなかった妾に、知識や戦い方を教えてくれた。
妾の親友…蓮花を連れてきてくれたのも姉様じゃ。
姉様が持ってきた花に宿っていた精霊が蓮花じゃからな。
姉様なくして今の妾はいない。」
「大事な方なんですね。」
「大事…いやその言葉ぐらいでは語り尽くせぬ。妾の最愛の家族じゃ。」
『蔵馬、ほらおいで。姉様と一緒に行こう。』
『…どこ…へ…いく…の?‥ねえ、さま』
『こんなところじゃなくて、蔵馬が行きたがっていた外にだよ。』
『ほ…ん…と?』
『本当だよ。これからはずっと一緒だよ。』
いつの間にか、銀蘭の瞳からは涙がこぼれていた。
それに気づいた泰成が見るからに慌てだす。
「す、すみません。余計なことまで聞いてしまいました。」
「いや。そなたのせいではない。少し、昔のことを思い出しただけじゃ。」
そう言う銀蘭にもう涙は見あたらない。
それでも、もはや何を言うべきか迷っている泰成にそっと話しかけた。
「そなたを殺しても何にもならぬ。無駄なことはしたくはない。
それより今は、姉様に似ているというその人に会ってみたいものじゃ。
姉様に会ったときに、土産話が出来る。」
「そうですね。…見分けがつかないかもしれませんよ。」
「それではよけいに楽しみじゃ。蓮花の意見も聞いてみたいし楽しみじゃ。
…おや、噂をすれば蓮花たちも来たようじゃな。」
同時に式神が雲仙達の来訪を告げる。どうやら雅家も来たらしい。
式神に酒の手配をさせようとしたとき、目の前に銀蘭がたっていた。それもかなり近い。
「ぎ、ぎぎ、銀蘭?」
「そなたのおかげで楽しみが出来た。これはその礼じゃ。」
一瞬、目の前が真っ白になった。
柔らかな感触が口の前に広がると、あっという間に去っていった。
雲仙を迎えに行った銀蘭が、楽しそうな表情を浮かべていたことに気づくもせず。
石のように硬直しきった泰成は、壮絶なる鬼ごっこの末に捕獲された蛇香によって発見された。
彼はしばらく正気に戻ることなく、ようやく動けたときには銀蘭たちは帰っていたという。
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