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内裏にほど近いところに雲仙の屋敷はあった。
雲仙の家は元々天皇の家系につながるものとして高い位を持ち、雲仙自身も将来有望な役人として働いていた。
だが、十年ほど前に両親が不慮の死をとげ、残った身内も死に雲仙は一人になった。
その出来事をきっかけに雲仙は出家する。
それでも天皇のために働くことを選び、各地を回っている。
妻も子もないため、現在屋敷に住んでいるのは長年仕えている老夫婦だけである。
「銀蘭、部屋に閉じこもってばかりでは体に悪いぞ」
泰成との対面から数日後、銀蘭は雲仙のところに居候していた。
姉を解放することが出来ないというのがショックだったのか、あの日からずっと部屋から出ようとはしなかった。
ただ何をするでもなく庭を眺め、桜が散るのを見ていた。
時折、あの蓮花という鳥が小鳥ぐらいの大きさになり銀蘭の周りを飛んでいた。
蓮花というのは銀蘭の数少ない身内らしい。蓮花に対しては無邪気に甘える姿を見せるが、
それでもどこか沈みがちで、笑顔を見せたかと思うと庭の桜を見る日々が続いていた。
「桜が好きなのか?」
「・・・・・・」
「わしが子どもの頃はこの木によく登ったものだ」
雲仙は懐かしげに過去の記憶を思い出す。
まだ両親が存命で自分が元服すらもしていない頃。
両親や乳母の目をかいくぐってはこの木に登っていた。
木から見える町の景色が好きで、それ見たさに幾度も登っては叱られた。
いつから木に登ることを止めたのだろう。
木に登って一日中遊んでいた頃など、もう遠い昔だった。
「春過ぎて 幾多の花木 散りゆけば
巡りし今ぞ 咲き誇るかな」
(花が咲き誇る春の季節が過ぎてしまい、あんなに咲いていた花々がみんな枯れてしまいましたが、季節が巡って再び春が来た今、昔のように咲き誇っています)
「こういうときは返歌をするものだが、儂は和歌はつくれん。すまぬな」
「別に返歌の期待などしてはおらぬ。ただ浮かんだから詠っただけじゃよ」
「和歌はつくれんが、それに込められたものは理解できる。
おぬし、姉との生活を取り戻したいのだな。ならばこんなところですねている場合か?
なくしたのなら自分の手で取り戻せばよい。おぬしは生きておるのだから」
それに応えることなく銀蘭は桜を見つめている。
舞い散る桜の花びらを。
小さな花びらが池に落ちて波紋となって広がる。
「妾の姉様は桜の花が好きじゃった。舞い落ちるからこそ美しいと」
「そうだな。桜の花はすぐに散ってしまうからな」
「散ってしまっても春が来ればまた花が咲く。
同じように見えても同じ花が咲くわけではない。儚いからこそ・・・美しい」
『桜が好きなのよ。でもすぐに散ってしまうのよね。残念だわ』
『姉様、私ならずっと咲かせていられるよ。そうしたらずっと同じ花を見れるのに』
『わかってないわね。あのね、ずっと咲いてちゃだめなのよ。花は儚いものよ。
花の寿命は短い。すぐに枯れてしまう。
けれど、いつか終わりが来るとわかっているからこそ、咲いている姿が美しい。
儚いけれど、そのぶん記憶に残るように美しく咲くものよ』
『儚いから綺麗なの?』
『そうよ。そしてまた花が巡るのよ』
「妾は姉様に会いたい」
「ならば前に進むことだ。でなくば何も取り戻せまい。
銀蘭、なくしてからでは遅いからな」
何かを思い出すように、遠い目をしていた。
彼の心を占めているのは昔の傷。
もう取り戻すことの出来ない過去だった。
「雲仙、都を見てみたい、案内をしておくれ」
「承知した」
ちょうど同じ頃、安倍邸に雅家が訪れていた。
屋敷の中に足を踏み入れると、いつもの場所に泰成と蛇晃が座っていた。
「泰成、式神で驚かすのはやめろ」
「いちいち顔を考えるのが面倒だったんだ」
泰成の式神達がつまみを運んできていた。
しかし、その顔はまるで能面のごとくどれも同じに見える。
はっきりいって不気味である。
「銀蘭殿が妖怪とはな、信じられないな」
「そうだよな、そこらの女より美人だったし、ありゃいい女になるぞ」
「・・・お前は何を期待している」
蛇晃は妖怪だろうが何だろうが、美人であればそれで良いらしい。
「泰成、まさかとは思うが最近の騒ぎと銀蘭殿は関係ないだろう」
「ないな。お前もわかっていて聞いているんだろう。あの騒ぎは彼女には関係ない。
あの九尾の狐の妹が無造作に騒ぎを起こすとは思えない。
それに今回の騒ぎは妖怪の仕業ではなく、人間の仕業と思う方がいいだろう。」
「人間か・・・」
「間違いねえと思うぜ、良いこと教えてやる。
いざってときは人間の方がやることハデなんだよ。妖怪よりタチわりぃ。
霊界の奴らも、取り締まるのは妖怪より人間の方だと思うけどな」
「蛇晃、その話は今は関係がないことだ」
泰成は手元に置いた巻物をじっと見つめている。
「今までに死んだのは4人。武士が2人、女官が2人」
「4人とも恨みを買う人間ではなかった」
「何かもう一つの意図があるはずだ。きっとこれからが本番だろう」
「そうだな。何か手伝えてることがあったら言ってくれ」
「わかってるさ、雅家」
巻物の絵に殺された人間の状態が絵で記されていた。
最初に見つかったのは、右腕がなかった男女。これは刀で切り落とされていた。
次の日に見つかった男女は、左腕をもぎ取られ、欠けた箇所は見つかっていない。
また、男女を問わずして奇妙な死を遂げる者も多い。
大人だけではなく、生まれたばかりの子も次々に死んでいた。
「帝が心配されていてな、雲仙殿が戻ってきたのもそのせいだろうな」
「あの御仁は滅多に戻ってこないからな」
「にしても、どうすんだよ」
「そうだな、まずは占いでもして・・・」
「そっちじゃねえ、銀蘭の方だよ」
泰成の持っていた杯が音を立てて割れた。
それを見ておもしろそうに蛇香が笑う。
「確かに、どうにかした方がいい件だな」
「気にすることはない、彼女はもう何もしないだろう。
雲仙殿が預かっているし下手なことにはならない」
「泰成・・・お前、何でそんなにかばうんだよ」
泰成の顔色が見る間に変わる。
それを見ていた雅家がさらに追い打ちをかけた。
「ほれたな・・・・安心したぞ、お前は浮いた話の1つもなかったからな」
「違う!俺はただ彼女のことが心配なだけだ。家族を俺が奪ったんだからな」
「お前殺したって意味ないって、言ってたじゃねえか。そんなの関係ないね。」
「それにお前、さっきから銀蘭殿のことを彼女と呼んでいるぞ」
「そ、それは・・・」
「やっぱりお前好きなんだな」
「泰成、妻がいるというのは良いことだと思うぞ」
雅家は身分が下の女性と知り合い、一目惚れをした。
その後、実家を敵に回し、身内と口論、殴り合いその他その他を語り合い、つい三ヶ月前にめでたく結婚した。
「そうだよな。雅家だって北の方(奥さん)がいる位だ。
よっしゃ、この蛇晃様がお前の恋路を応援してやろう。ありがたく思え」
「親友として俺も協力しよう」
「お前ら、いいかげんにしろーーーーーーー!!!!」
安倍泰成、22歳。この時ほど口走ったことを後悔したことはなかった。
しかも、彼はこのネタで生涯からかわれ続けることになることをまだ知らない。
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