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そこは光を通さない大地の底。水も風も戯れることはできない。
冷たく重い扉を開けると広い空間が現れた。炎の明かりもない冷たい暗い部屋。
四方を囲む黒い壁には、血のような赤い魔法陣が隙間無く描かれていいる。
部屋の奥には台座がおかれ、黒いカーテンが覆う。
かすかに漏れる黒い光だけが、部屋に存在する唯一の光。
ふと何かが動いた。
それを確かめるべく部屋の奥に進んでいく。
部屋の中心に1人の少女が座っている。銀髪の金の目をした幼い子ども。
人形のようにうつろな目が何かを見つめている。
(どうして、みんな私を1人にするの?)
(1人になりたくない・・・)
(ここは・・・なんて暗くて冷たい場所)
(寂しいよ・・・)
(どこにいるの?・・・姉様)
満月の晩にその人は現れる。風になびく銀の髪、冷たく光る金の瞳。
彼女を呼ぶのは純粋な想い。想いがあるからこそ、彼女は契約を交わす。
そして剣となり盾となる。
時は平安時代。
人と妖が混ざり合う混沌の時代。貴族の時代の終焉にその娘は現れた。
・・・・・・クスクス。
・・・・・姉様見ーつけた。探したんだから。
あれ?でもこれは姉様のかけらだけ。どうして?ここにいるんじゃないの。
また探しに行かなくちゃ。姉様、どこにいるの。
季節は春。花が咲き誇り、動物たちが動き出す時期。
雲仙(うんぜん)がその娘に出会ったのは桜が満開になった頃だった。
僧として、また友人たる帝のために各地を歩きながら現地の情報を集めていた。
そんな彼が山奥に迷い込んだのは単なる偶然だった。
彼は音を聞いたのだ。
・・・シャン・・シャラン・・・シャララン・・・シャラン・・・・・・・
(鈴の音か?この辺りに人はいないはずだが。)
山奥から聞こえるのは確かに鈴の音色。しかし人の気配はしない。
この辺りは妖怪が住む山とされ、地元の村人達すら入ろうとはしなかった。
山に入り死体で見つかった者。今なお行方不明になっている者。
生きて戻った人間は誰1人としていない。
しかし、そんなことを知らない雲仙は迷うことなく進んでいく。
(魑魅魍魎のたぐいか、正体を突き止めねばならぬ。)
奥に進むに連れ、鈴の音は更に大きくなっていく。
ふと何かがきらめいた。まばゆい煌めきが目に入る。
それを追って、木々をかき分け進んでいくとある光景が目に入る。
(美しい・・・)
雲仙が目にしたのは、桜の木を背にして舞う1人の娘。
腰まである長い黒髪はまるで夜の空、黒く輝く瞳は黒真珠。
白拍子の衣装に身を包み、鈴のついた金の腕輪を両腕にはめている。
その手には椿の絵が描かれている扇子。
桜の花びらが舞い散るたびに、彼女は舞い踊る。
優しく舞い落ちる花びらたちが、彼女を包み込んでいる。
この世のものとは思えぬ光景に彼は見入っていた。
「だれじゃ、そこにおるのは。」
人形のような暗い瞳が彼を見据えた。
「すまぬ、おぬしの邪魔をするつもりはなかった。
儂の名は雲仙ともうす。これでも僧侶でな怪しい者ではない。」
「自分で怪しいものではないと申告するのか?おもしろい男じゃな。」
彼女が足を蹴ったかと思うと、音も立てずに雲仙のそばに舞い降りる。
「おぬし、いずこへ向かう?」
「儂か、儂は勝手気ままな旅の途中よ。そなたは?」
一瞬、娘の顔に悲痛な影が見えたがすぐにそれは消えた。
(気のせいか?)
「妾は那須野原へ向かう。姉様へ会いに行く。」
「姉がおるのか。仲がよいのは良いことだ。」
だが、それに返事をすることなく娘はきびすを返して森の奥へと進んでいく。
しかし、その足取りは止まった。
「ちょっと待て、若いおなごが1人で旅をするのは危険だ。」
「うるさい。その手を離せ。」
雲仙の手はしっかりと娘の衣をつかんで離さない。
なぜかこの娘が放っておけなかった。
一人で旅をしている以上、何らかの護身術を持っているだろうが、一人にしてはおけない。強い意志を持ちながらどこか人形めいたその瞳にそう感じた。
今思えば銀蘭の危うさが自分にはわかったかもしれない。
「儂がついて行ってやろう。旅は道連れというではないか。」
「妾は1人でよい。おぬしの助けなどいらぬ。」
いかにも不機嫌そうな娘をよそに、雲仙は全く人の話を聞いていなかった。
「さあ、まいろうではないか。」
手をつかんだままスタスタと歩き出した。
なぜか娘はふりほどこうともせずに、ついていった。実際には困り果てていたが。
突然現れた、見も知らぬ男が強引についてくる。
(どうするべきか。この男邪魔でしかない。
まあ、もう少し様子を見よう。那須野原までは距離があるゆえな。)
しばらくすると雲仙はあることに気づいた。
「そなた、名は何ともうす」
風が木の枝を揺らす。
どこからともなく舞ってくる花びらが彼女を包み込んでいた。
「妾の名は銀蘭(ぎんらん)」
「銀蘭か、ではいこうな。」
そう言ってスタスタと歩いていった。
銀欄はため息をついたが、それでも彼を追っていった。
この出会いが彼女の人生に大きく影響することをまだ誰も知らない。
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