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帝に呼ばれた数日後、泰成の屋敷には雲仙と銀蘭が訪れていた。
銀蘭は白拍子姿ではなく、鮮やかな山吹の唐衣を身にまとっている。
和やかに食事を取りながら、いつもいるやかましい男がいないことに気づいた。
「蛇晃なら北の結界を見に行かせていますよ。
あいつは、こういうときにしかまじめに仕事をしませんしね。」
「あやつだけで大丈夫なのか?」
「あいつもそれなりに力のある式神ですよ。滅多な相手には負けません。」
「なかなか信頼しておるな。」
「まあ、一応主人ですからね。
それと、帝がお呼びのようなので、食事が終わったら内裏へ向かいましょう。」
「そうだな。いろいろと相談せねばならぬしな。」
男達が会話する中、銀蘭は自分の影を見つめた。
聞こえないようにそっとつぶやく。
「初仕事行ってくれぬか?雲仙達には内緒でな。
あやつらに知れるとうるさそうじゃから。妾は雲仙を守らなければならぬ。
・・・・行ってくれるか?そうか。行っておいで、気をつけて。」
銀蘭の影から飛び出た物はあっというまに外へと飛んでいった。
そのことに誰も気づくことはない。
はじけるように空に飛び立つと、京の北へとまっすぐに向かう。
そこは神の住まう場所。
貴船山。日本の中でも高位に属する神のいる場所。
そして京都を守る結界もはられている場所であり、神聖な場所とされている。
しかし、今の姿は見る影もなく、力を衰えた森がそびえるばかりであった。
木は枯れ落ち今にも倒れそうで、いるはずの動物たちはその気配すらも見せない。
まるで寿命の尽きた山のように。
「おいおい、これまずいんじゃねえのか」
社に近づき、神が封じられていることを確認した蛇晃は珍しく頭を抱えた。
彼とて式神である以上、この事態がやっかいになることを知っている。
今の貴船では都を守ることなど出来ない。
そして守るためのバランスが崩れると、悪しき者が入り込んでくる。
事は一刻を争う。
そう考え、泰成に報告しようと体をひるがえしたとき、その足が止まった。
「具合でも悪いのか?」
笠を頭にかぶり、薄い青の旅装束を身にまとった女性が地面に身をかがめていた。
その女性に近づいて見ると、女性の身なりがとても高価な物とわかった。
貴族の女性が参拝にでも来たのだろう。
「貴船の方にお参りにきましたが、足をくじいてしまいました。」
「ああ、見せて見ろ。簡単な手当ならできるから。」
そう言って自分も身をかがめる。
蛇晃が視線を外し、女性の手当てを始めるとその女性は懐から何かを取り出した。
それを蛇晃の首めがけて振り下ろそうとしたとき、何かにはじかれたように地面に突き刺さる。
地面に懐刀がきらめいていた。
「人間じゃねえな。正体を見せろ。」
「ふふふ、妾の正体を見破るとはな。見かけによらず切れた男よ。」
女性の衣装が瞬く間に変わる。
白く長い衣で腕まで隠し、裳を地面に垂らす。顔を白の比礼で覆い、青の帯を締める。
髪を上に上げ二つの輪にして腰まで垂れ流すその姿は、古の女性の姿に似ていた。
「妾は誠妃(せいひ)。妾達の野望を邪魔するものには死んでもらう。」
「俺としては、アンタみたいないい女と闘いたくないんだけどな。
いい女は殺したくない。」
「ならば、大人しく死んでもらおうか!」
誠妃の手のひらから小さな粒が幾多も現れたかと思うと、それは大気に散らばっていく。
粒は次第にはじけて霧となる。その霧に触れると手のひらに痛みを覚えた。
「冷気かよ・・・まずいな。」
蛇晃は蛇の式神である。
昔、まだ名前もなかった頃に泰成に拾われて式神となった。
元が蛇である以上、蛇の性質を受け継いでいる。
蛇は変温動物であり、寒さの中では動きが鈍る。
力を持つ式神としてまだましだが、蛇である蛇香にとっては、冷気は弱点となりうる。
そして、あまりにも寒さが増すと、それは冷たさではなく痛みになる。
周りを覆った冷気は、体全体に痛みをもたらした。
「さあ、凍えておしまい。その氷は徐々にお前の体の自由を奪う。
じわじわと凍え死に、その屍を妾の前にさらすが良い。」
「冗談じゃねえ。ここで死んだらバカ主がうるせえからな。
くらいやがれ。斬裂業針(ざんれつごうしん)!」
蛇晃から発せられた霊気が、細く鋭くなり幾多の針の形へと変わる。
針はまっすぐに誠妃に襲いかかる。
だが、誠妃が手をかざすと冷気の壁が生じて針は見る間に地面へと落ちた。
「どうした?そんな針では妾には勝てぬぞ。」
「いんや。これ良いんだよ」
「何?」
「もう効いてくるぜ。」
「何を戯れ事を・・・うう!」
誠妃が地面へと膝をつく。その首には先ほどの針が刺さっていた。
その様子を眺めながら蛇晃が近寄ってきた。
「目に見える針はおとり。本体は見えないまでに細く研いだ針。
あんまりにも細すぎて冷気の壁だろうがすり抜ける。
おまけに、針には即効性の麻痺毒を塗っていてな。
アンタみたいな手練れでも倒せるって寸法さ」
「ふ・・・妾の油断じゃな。」
「さあ、アンタの顔を拝ませてもらうぜ。」
バサッと白い布が宙を舞った。
顔の覆いが無くなり、彼女の素顔があばかれる。
「嘘だ・・そんなはずが・・・アンタは・・・死んだはず・・・。」
そこにいたのは、黒い髪に黒い瞳の美しい女性。
唇に紅をさし、薄く化粧をして、憎悪に満ちた瞳をもつ女性。
けれど美しいその顔は彼にある記憶を蘇らせる。
蛇晃は布を持ったまま、身動きすらとれずに立ちつくしていた。
蛇香の懐にある小さな鈴が、鳴らないはずの音を鳴らそうとしていた。
「あぶない!」
どこからか放たれた雷が誠妃と蛇晃の間ではじく。
辺りに放たれる雷に押され、誠妃の手に生じていた冷気の粒がかき消された。
(失敗した・・・・だが、ここはひかねばならぬな)
蛇晃がためらった隙に、誠妃の姿は瞬く間にかき消えた。
風が流れたと思うと、先ほどまでの冷気が消えていく。
まるで何事もなかったように静まりかえる。
「助けてもらったことには礼を言うぜ。で、さっさと姿を見せちゃくんねえかな。
お前さんが味方って保証もねえしな。」
「敵じゃないもん。あたしはちゃんと蔵馬様に頼まれてここに来たんだからね。
もうちょっと感謝してくれても良いんじゃない?」
草むらから出てきたのは、赤い着物をまとった蒼い髪の少女。
だが、その気配からして人間ではない。
「蔵馬に頼まれた?お前、あいつとどういう関係なんだ。」
「あたしは、蔵馬様に仕える二守の1人桜麗。よろしくね。
さあ、はやく報告しに帰りましょ!」
「お、おい、ちょっと待て!」
見かけによらず怪力の持ち主である桜麗は、蛇晃の手をつかみ早々と山を下りていった。
ちなみに、桜麗を向かわせたことがばれた銀蘭だが。
蛇香が危ないところを助けたと聞いて、それ見たことかと平然としていた。
結果として彼女の行為をとがめることが出来た者はいなかった。
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