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輪廻 平安編 二守と別れ


・・・・リン・・・・リン・・・・リリーーーン

   家屋に響き渡る静かな鈴の音。
それは死にゆくものが迷わぬように、道を指し示すための音色。
庭にたたずむ銀蘭は、ずっとその音をならしていた。

「寿命の尽きた桜の木か・・・最後の時を精一杯咲かせたのじゃな」

銀蘭の目には、あの桜の木がある。
けれど、数日前まで堅固にそびえていた姿が失せ、今にも枯れてしまいそうな老木が立っていた。
聞けばこの木は、都が出来た時に植えられたという。
桜の寿命以上に生きながらえたのだから、これはもう終わりを迎えてもいいような気がした。
桜は美しいが故にはかない
。ここまで生き続けられたのはこの家の者の想いに支えられたからだろう。
そして最後だからこそ、満開の花を咲かせることで挨拶をしたのだ。
“今までありがとう”と
これで最後と鈴の音をならすと、家の中に入ろうとした。
せめて家主に一言言っておかなければ。
だが、その歩みがピタリと止まる。銀蘭にしか聞こえない声が聞こえたから。

『お待ちいただけますか?植物使い様』
「何用じゃ、言ってはおくが妾の力でも一時しのぎにしかならぬぞ。
妾は永遠に咲かせることは好まぬ」
『わかっております。ですがもう一つ心残りがあるのです。』

銀蘭の力は植物使い。その能力ゆえか植物たちと会話することが出来た。
植物たちの声は力を持つ陰陽師達ならば聞き取ることは出来た.
だが、道ばたにある小さな草とまで会話できるのは彼女だけの力だった。
それは植物を友とする故、幼き頃より彼らは友であり戦友であった。
このとき、銀蘭に話しかけてきた声は弱々しく、けれど何かの思いを秘めていた。

『ご承知のとおり、私の寿命は尽きるでしょう。
そのことはかまいません。私の子ども達が私の代わりに咲き誇ってくれますから。
命を持つものはいつか尽きます故に。
私が頼みたいのは、私に宿る精霊のことです。』
「精霊か、確かに精霊は己の宿る物と運命を共にするからの」
『はい、私に精霊が宿ってからずっと共におりました。
けれど私につきあわせて死なせたくはありません。
彼女のことをあなた様に頼みたいのです。』
「妾はかまわぬが、その精霊はなんと言っておる?妾は無理強いはせぬ。
その精霊が望むのが、そなたと共に死ぬことならばそれを止める権利はそなたにはない。」
『彼女は、生きることを望みました。』

 とたんに、木が白い光に包まれる。光は形を無して、子どもの姿を形どる。
肩をむき出しにした膝までの短い青の着物を身にまとい、腰には青い腰ひもをたなびかせている。
6つくらいの少女は銀蘭を見てにっこりと笑った。
青い髪を頭の上で一つに結ん蒼い瞳の子ども。
まるで大陽の申し子のような少女は、銀蘭に抱きつく。
とまどいながらも、銀蘭は少女の柔らかい髪をなでた。

『その子をお願いできますか?私にとっては子ども同然なのです。』
「決めるのは、妾でもそなたでもない。おぬし、どうする?」

少女は少しばかり首をかしげると、元気よく言った。
まるでそれが当然かのように。

「私をあなたの所においてください」
「別の木の所で精霊として暮らすことも出来る。わざわざ妾の所にしなくてもよいのに。」
「他の所へ行くのは嫌です。精霊として生きるのならばこのまま桜の所にいます。
でも、私はあなたの元で生きたいんです。それとも、私がいるのはおじゃまですか?」
「いいや、歓迎しよう。その証に名を贈ろう。そなたは桜の精霊、ならば名に桜を贈ろう。
そなたの名前は桜麗(おうれい)。今日より我が守として仕えるがよい。
我が名は蔵馬、けれどこの姿の時は銀蘭。忘れてはならぬぞ。」
「ありがとうございます!このご恩は決して忘れません。」
『良い名をありがとうございます・・・これで逝くことが出来ます。』

ふと、先ほどよりも弱った声が聞こえた。

「桜?ねえ、どうかしたの?」
『お別れよ・・・どうか元気で。』

桜麗は桜の元へと駆け寄ると、必死にその幹をつかむ。
その行く手を阻むかのように。」

「やだ・・・まだ逝っちゃやだ!まだ時間あるって言ったじゃない!」
『命はいつか尽きるもの。私の心残りは消えた。
あとは行くべき場所に行くだけ。私は安心して逝くことが出来る。』
「いや・・・逝かないで。」
『命が終わる時を動かしてはならない。たとえ精霊であるあなたであっても。
死んだものを生き返らせることもね。だからあなたの主に迷惑をかけてはダメよ。』

幹をつかんでいた手がゆるむ。
地面に崩れ落ちたと思うと小さな滴が地面に落ちていく。
理屈では理解できる。逝くからこそこうして銀蘭に声をかけた。
わかっている。でも心がそれを認めない。

「それでも、あたしはいやだよ。」

 それまで黙っていた銀蘭がそっと小さな肩に手をかけるとやさしく抱きしめる。
不意に与えられたぬくもりを、桜麗は逃がさないとするかのようにその手にすがりつく。
そこにあることを確かめるために。

「桜麗、どちらがより辛いと思う?残される方と残していくものと。
妾は未だにそれがわからぬ。失いたくはない、残していきたくはない。
それでもいつか、別れは来る。別れるからこそ命はまた出会いを繰り返す。」
「蔵馬様・・・・」

自分を見上げてくる桜麗をやさしく見つめる。

「この姿の時は銀蘭じゃよ。」
「あっ、ごめんなさい。」
「よい、今だけは許そう。」

ふと、白い雪が降ってきた。よく見るとそれは雪ではない。
それは先ほどまで咲き誇っていた桜の花。風に煽られて少しずつ散っていく。
地面は真っ白な絨毯が敷き詰められたかのように白に染まった。
そして別れを告げた。

「銀蘭、すまぬが出かけ・・・な、なんじゃこれは。」
「雲仙か。おぬしも見届けてやれ。
お前の家の庭にずっと咲き誇っていた桜を見送る時が来たのじゃ。」
「何?」
『ありがとうございます。最後の時を大事な人々に見守られていくことが出来るなんて。
私は本当に幸せですね。』
「礼を言われるほどのことではない。
それに残していく者がいるということも覚えてゆくが良い。」
『わかっております。けれど子どもはいつか親の元を離れる者です。
それでも親はずっと子を愛し続けるのです。』

 桜の木から白い光が現れたかと思うと、白い着物をまとった女性が現れる。
それはどことなく桜麗に似ていた。
その白い手をさしのべると、泣き続ける桜麗の頬をそっと包み込む。

「桜・・・逝っちゃうのね」
『さようなら。愛しい子。あなたの行くべき道が光に包まれていますように。
私はずっとあなたのそばにいますからね。愛しているわ、桜麗』

 光がはじけたかと思うと、わずかに残されていた花びらが一斉に散っていく。
そこには今まで咲き誇っていた桜の姿はどこにもなく、枯れて朽ち果てた桜の姿があった。

「ぎ、銀蘭様・・・桜が逝っちゃった・・・」
「今だけ泣くがよい。親が死んで泣かぬ子どもはおらぬから」

 枯れてしまった桜の木がたたずむ庭に子どもの泣き声が響く。
子どもが泣きやむまで銀蘭はずっとだきしめていた。
そばには二人を見守る雲仙の姿。
皆、大事な者を失ったことがある者達ばかりだった。

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