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輪廻 さまよう娘 間章 ~前夜~

                             
   始めの死者は、ただの殺人と思われた。
    宮廷に使える女御の死。それだけならよくある事だった。
    一つ不思議な点があるならば、それは死体には右腕がなかったこと。
        
    「こうな、鋭利な刃物でスパーッと着られた感じでな。
     ありゃあ、切った奴良い腕してるぞ。切ると言うより斬るってやつだ。」
   「・・・・蛇香、犯人をほめてどうする。」
        
      町はずれの屋敷で二人の男が顔をつきあわせていた。
   そばに置かれているのは酒とつまみ。その話題は都にはこびる災いの話。
   一人の男は白い水干と膝までの袴を着て、肩より長い髪を黒糸で束ねている。
   もう一人の男は藍の直衣をまとっている。髪は結わずにそのままにしている。
   水干を着た男は蛇香。人の姿をした式神であり、その正体は蛇。
   直衣を着た男は安倍泰成。晴明の血を引く陰陽師であり蛇香の主。
   二人がまかされた仕事は、死体の一部を盗む犯人を捕まえること。
       
        「二人目は、手口が違うな。あれは刃物の傷ではない。」
        「無くなったのは左腕。
        それもグッとつかんでブチブチって引きちぎった感じだよな。
        まったくよくやるぜ」
        「お前、さっきからわざと言っているだろ。」
        「やっぱりわかるか?」
        「わかるにきまっているだろう。まじめにやれ!」
        「へいへい。」
        
        この事件は始めからおかしかった。
        殺された人物は4人。男二人、女二人。
        お互いに知人というわけではなく、 職業、身分、年齢、すべてが違う。
        奪われた箇所は右腕が二つ、左腕が二つ。
        男の死体からは刃物で斬り、女の死体からは引きちぎっている。
        目撃者もなく、夜の間に殺される。
        そして、昨日の夜新たな犠牲者が出た。
   彼は平安宮の警備を担当する武士。
        だが、彼はその太刀を抜くこともせずに死んだ。
        彼が殺される寸前、そばにいた同僚が悲鳴を上げた。
        その声で他の武士たちが駆けつけた。
   だが彼らが見たのは右足を無くし、恐怖に怯える死に顔を残した武士の死体。
   そして、死体のそばには一つめの鬼がいた。
        鬼は駆けつけた武士たちを気にも留めずにどこかに消え去った。
        現場には何か恐ろしいものを見たという顔で、叫び続ける同僚が座り込んでいた。
        その同僚は「鬼が来た」と言うだけ。
        瞳はすでに正気ではなく、ただブツブツと同じ言葉を繰り返していた。
        今朝、鬼が来るとおびえ続けたその青年は死体となって見つかった。
        その死因はあまりに強大な陰気を浴びたため、心の臓が止まったこと。
        彼は最後まで鬼を恐れていた。
       
        「けどよ、泰成。これ本当に人間の仕業か?
        人間の仕業って言うより鬼の仕業って言った方が説得力あるぜ。」
        「だが、平安京に住む妖たちは何かにおびえている。
        人よりも鬼よりも怖いものが来る。それはもう来ていると。」
        
        情報を求め知り合いの妖たちに尋ねてみたが何も言わない。。
        彼らは怯えて出てこようとしない。
        ようやくなだめて聞き出したのが先ほどの言葉。
       
                鬼が来る
       
         彼らはそれしか言わなかった。それしか言えなかった。
        弱い妖は平安宮から逃げ出したまま。
   強い能力を持つ者はナワバリに引きこもっている。
   平安宮に忍び寄る黒い影、それは徐々に大きくなっている。
       
        「そういえば聞いたか?芦屋道元が来るそうだぜ。
        貴族どもが自分のところまで祟られちゃかなわんって依頼したそうだ。
        かわいそうに。財産根こそぎやられるだろうな」
        「確かに、あの男に関しては良い噂を聞かないから」
       
         芦屋家と安倍家の因縁は晴明と道満の頃から始まる。
        安倍晴明と張り合い、最後まで相容れることの無かった相手。
        そして、安倍泰成と芦屋道元の代でもその因縁は続いている。
        泰成自身、いろいろな事件に関わったがその半分は芦屋が絡んでいた。
        金次第でいかなる事も引き受ける。
        そんな道元が関わる以上、ただですむとは思えない。
        彼は、何よりも貴族を嫌っているのだから。
        かつてある事件で泰成に向かってこういった。
       
        『貴族どもは私腹を肥やし、この国をだめにする。
        弱き者は略奪され、身分によってますます差は広がる。
        何もせずただのうのうと遊びくれる貴族どもに生きる価値があるのか?』
       
        芦屋は正式な陰陽師ではない。
        彼らは在野の陰陽師であり、その立場はとても弱い。
        権力者の側に立つ安倍と、日陰の身である芦屋が相容れることはない。
        お互い能力が高い分、その妬みは時を重ねてより強くなる。
       
        「泰成、気がついているんだろ?
        芦屋の式神は鬼だぜ。それも怪力を備えた一つ目の鬼だ。」
        「・・・陰陽師で式神を持つ者は多い。ましてや鬼の式神は。
        今の状況では芦屋を犯人と断定するわけにはいかない」
        「だよなあ。それに芦屋だけが犯人とも限らない。
        この事件、複数犯っぽいからな。
        まったく、この分じゃおちおち夜這いにもいけやしねえ。」
        「蛇香。貴様。仕事をなんだと思っている!」
        「いいじゃねえか。たまには遊ばせろよ。
        無収入でさんざん手伝ってやってるんだぜ」
        「当たり前だ。昔から言うではないか『働かざる者食うべからず』とな。」
        「てめえ、そりゃあ反則だろうが!」
        「当たり前だ、居候。悔しかったらそれだけの仕事をしてみろ。
        まあ、正直俺たちだけでどうにかなるとは思っていないがな。
        まったく、こう言うときに雲仙殿がいてくれると助かるんだが。」
        「そういや、あのオッサン今どのあたりいるんだ?」
        「わからん、雲仙殿は神出鬼没だからな。
        気まぐれに帰ってきてくれるのを待つしかない。」
        「土産の一つでも持ってきてくれるといいんだけどな。」
        「・・・土産ねえ。」
       
         それは雲仙が平安宮に帰る数日前の話。
        そして、雲仙は一人の女性を伴って姿を見せた。
        かつて朝廷を揺るがせた傾国の美女玉藻の前の妹、その名は銀蘭。
        平安の世は今だ静けさを保ったまま。
        世界が変わるほんの少し前の出来事であった。
       
         鬼が来る。
        怖い怖い鬼が来る。
        怖い鬼がみんなを殺す。
       

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