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その日、都には不思議な二人連れが歩いていた。
一人は中年の僧侶。彼が一人で歩いているならおかしくはない。
だが、横にいる女性は男の娘にはどうしても見えないような白拍子。
はっきり言って二人は注目を浴びていたが、二人とも気にも留めずに店を物色していた。
白拍子の娘、銀蘭は商品がめずらしいのかあちこち尋ねている。
「雲仙、あれはなんじゃ。こんな枯れ枝何になる?」
「あれは香木じゃな。あれを削って香をたく。」
「それではあれは?食べ物か?」
「桃を干したものだ。食べてみるか?」
会話を聞く限りでは、妹の付き添いをしている兄の姿である。
買ってもらったものを美味しそうに、頬張る銀蘭を横目にふと疑問がわいた。
「銀蘭、お前一体どこからきたんだ?
このあたりの住人ではないようだが。」
「人の世界などはじめてきたわ。妾が住むのはここではない世界。」
「ここではない世界?」
「妾がすんでいたのは魔界じゃ」
「魔界?聞いたことがないな。どこにある?」
「そこは人が行けぬ場所。世界を越えた場所にある、もう一つの世界。
あやかしの故郷にして、暗闇の世界。」
説明を聞きながらも雲仙は首をかしげる。
「さっぱりわからん。」
「おぬしよりは陰陽師の仕事。専門職に任せればいい。」
「餅は餅屋か。」
ふと、話し声が聞こえてきた。
数人の男達がおびえたように会話している。
「また死んだっていうんだろ?これで4人目だ。」
「鬼の仕業に決まってる。こんなの人間に出来るわけねえだろ。」
「右腕切られたのと左腕がもがれたやつ。全くなんて世の中だ。」
「陰陽師達は何をやっているんだか。」
銀蘭が上を見上げると険しい目つきをした雲仙がいた。
彼は何も言わない。
「そういや、芦屋のところに依頼が行ったそうだ。」
「ありゃあ、祈祷師だろ。」
「けどよ、元をたどればあの安倍晴明と張り合ってた芦屋道満の家系だぞ。
昔のことだけどな。」
「誰でもいいさ、退治してくれるならな。」
「そりゃそうだ。」
雲仙が無言で銀蘭を促す。銀蘭もまた何も言わずについていった。
しばらく歩くと人通りが絶える。
それを確かめて銀蘭がようやく口を開いた。
「都というのは血なまぐさい話ばかりじゃな。」
「さきほどの話か?」
「こちらの世界もあちらと変わらぬ。血と悲鳴の世界。」
「否定はしないな。だが今回の件はただの辻斬りでもなさそうなんだ。
被害にあったのは、内裏の中。まして恨みを買っている人間でもなかった。
それに、あの殺し方は人間のものとは思えん。」
「鬼じゃ。」
「なに?。」
「闇に住まうものだけが鬼とでも思ったか?人とて鬼になることは出来る。
何かに魅入られた愚かな人間であろう。人だろうが妖怪だろうが本質は皆同じ。」
立ち止まるとあの冷たい目が雲仙を見据える。
ふいに風が銀蘭の髪を揺らす。
その髪が静かに肩に降りたとき、薄い笑みを浮かべた。
「妾も鬼じゃ。」
何も言えなかった。だが、何かを言おうとした。
その時何を言おうとしたのかは今だにわからない。
言うよりも先に、銀蘭のただならぬ声が聞こえた。
「雲仙!」
辺りに血が飛び散る。何者かが雲仙に襲いかかったのだ。
とっさのことで後ろに飛んだ雲仙だったが、それでも腕に傷を負っている。
その様子を見て、銀蘭が心配そうに駆け寄る。
彼女の警告がなければ、傷はもっと深かったろう。
雲仙はその傷を手当てしないまま、正面の何かを見据える。
暗い闇の向こうに誰かがいる。
「何者だ。正体を現せ。」
「ほお、気配を隠した私を見破るとはな。どうやらただの僧侶ではなさそうだ。
おもしろい、じつにおもしろいぞ。」
暗闇の中からでてきたのは、20の後半と思われる年齢の男性だった。
黒の狩衣を身にまとい、烏帽子を頭につけている。
その手には血にぬれた太刀が握られている。
まるで獣のような目をしていた。
「雲仙と呼ばれていたな。我が名は古影(こえい)、姿を見られたからには死んでもらう。」
「悪いがそのぐらいで死にたくはないのでな。出直してもらおうか。
さもなくば、儂も容赦はせん。」
雲仙の手が太刀にかけられる。
月に反射した鋼が白い光を浴びせる。
「銀蘭、おぬしは下がっておれ。これは儂の闘い。助太刀無用だ。」
「・・・わかった。無理はせぬことじゃ。」
渋々ながらも銀蘭が後ろにさがる。
それを見ていた古影が愉快そうに言った。
「そこの女は妖怪か。雲仙を殺した後はお前を相手にすることにしよう。」
「悪いが、銀蘭は指一本触れさせん。」
二人の剣士の戦いは激しいものとなった。
雲仙が一撃を入れようとすると、古影がそれを受け流す。
古影が討つと雲仙がいなす。
二人の腕前はほぼ互角のように見える。
勝負は決めてとなるものがなく、長引くかのように見えた。
邪魔をするものさえなければ。
黙って観戦していた銀蘭は、妙な気配を感じた。
それは言ってみれば妖気だった。
この平安の都で出くわすことは珍しいことではない。
なんと言ってもここは人と妖の住まう都だから。
だが、この妖気はあの古影という男から発せられている。
不思議に思って古影を見つめると、その手に黒い何かが浮かび上がっているのが見えた。
「雲仙、逃げろ!」
「もう遅い。」
銀蘭の叫びと、古影の笑いは同時だった。
古影の手から生まれた黒く光る玉は雲仙に向かう。
わずかに身構えたが、それが通じるものではなかった。
太刀を落とし、地面に跪く。
「貴様・・・人間ではないな」
「死に行く貴様が知る必要はない。全ては我らが野望のため。」
古影は持っていた太刀を振りかざす。
それに対し、雲仙は身動き1つとれない。
「死ね。」
刀が振りかざされる瞬間、何かが舞った。
たくさんの白い花びらが刀に触れた瞬間、根本から切断された刃が地面へと落ちる。
その花びらはまるで雲仙を守るかのように取り囲んだ。
そして、冷たい瞳で古影を見据える銀蘭がいた。
その手には風に舞う花びらが載せられている。
「桜華守陣。自ら動くことはせぬ代わりに近づいた物を攻撃する。
お前の攻撃は雲仙には届かない。お前ごときに殺させはしない。」
「貴様、邪魔をする気か。」
「銀蘭!わしにかまうな、逃げろ!!」
雲仙は先ほどの攻撃で体の至る所に傷を負っていた。
とても動けそうにない。
「ではお前から殺すことにするか。我が太刀の糧になれ。」
「誰がお前になど殺されるか。」
古影が銀蘭に向かってくる。
だが、フワリと舞い上がった銀蘭はその手に扇子を携える。
「襲瞬乱舞」
幾多の閃光が散らばったかと思うと、それをなぞるように古影が血を流す。
そのまま地面に倒れ伏した。
動かなくなったのを確認すると、雲仙の元へ行き花びらの陣を解く。
「雲仙、大丈夫か?」
「どうやら、お前に借りが出来たようだ。礼を言う、銀蘭。」
「別にあやつがうるさかっただけじゃ。ほら手を貸せ。応急処置ぐらいはしてやる。
そなたみたいな大男、運ぶだけでも面倒なのだからな。少しは感謝するのじゃな。」
「はは、では大人しく運ばれるとしよう。」
銀蘭の肩につかまりながらも、ゆっくりとした足取りで歩き出す。
どうやら回復力はあるようだ。
「それで、あの敵は何じゃ」
「わからん。だが近頃の事件に関係がありそうだ。。
明日泰成のところへ行って・・・ぐわっっっっ!!!」
「雲仙!」
突然苦しみだしたかと思うと雲仙が地面に倒れた。
慌てて症状を確かめ、屋敷に戻ろうと蓮花を呼び出す。
その騒ぎゆえに、彼女は気づくことが出来なかった。
倒れたはずの古影の死体が、いつのまにか崩れ去ったことに。
そして、後に残された一降りの太刀が静かにその姿を消した。
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