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平安編 ~さまよう娘~知らないこと


  一行が通されたのは、庭を眺める広い部屋。すでに膳の用意がされていた。
色とりどりの花が咲き乱れるが、今は花を親しむゆとりはない。
だが、葛の葉はそんな焦りを感じさせずに楽しげに式神たちに指示を飛ばしている。

「葛の葉様、お酒も食事も結構です。本題に入って頂けませんか?
隠し事をする暇も時間もないはずです。洗いざらい白状してください。」

最初に耐えきれなくなったのは泰成だった。
けれど、葛の葉はそれに動じることなく平然と笑みを浮かべている。
むしろ、遊ばれている。

「あんまりせっかちだと女の子に嫌われるわよ。
物事には順番って言う物があるのだから、ねえ蔵馬?」
「なぜ妾に聞く?」
「あら、蔵馬ったら。殿方とのおつきあいは女の子のたしなみよ。
恋のやりとりはおもしろい物なんだから。」
「そんなもの興味はない。」
「まあ、そんなつまらないこと言わないでほしいわ。」

楽しげな葛の葉だったが、それを止める声があった。
鋭い眼差しで彼女を見つめる男―雲仙。

「葛の葉殿、申し訳ありませんが悠長に話している暇はないのです。
あなたさまが知っていることを話して頂きたい。」

クスリ、と笑ったような気がした。手にした扇を傾けながら、葛の葉が雲仙を見つめる。

「あなたは、たしか雲仙様でしたわね。
それとも帝の忠臣でありながら、十年前に突如出家した―源高敏様とお呼びするべきかしら。」
「葛の葉様!そのことはっ!」
「黙りなさい!!」

パチンと扇を閉じる音が聞こえた。
先ほどまでの穏やかさは消え失せ、しっかりと雲仙を見据えている。
だが、そんなことは妾には関係ない。今はそれよりも知らない名前のほうが気になる。
妾が知っているのは雲仙というお人好しの馬鹿。
けれど・・・・源高敏の名が出たときに、かいま見たあの顔は・・・・。
あれは、後悔と悲しみと・・・・自分自身への怒り。

「よくご存じだ。失礼だが、神ともあろうお方が宮廷の事情に詳しいとは思わなかった。」
「私の情報網を甘く見ないでいただきたいですわ。
それに、あんな事件があっては特にね。」
「それは、今回の事件に関係はないはずだが。」

冷ややかに見つめる葛の葉がその扇を広げる。
どこかうっすらと笑みを浮かべながら。

「あらあら、本当に関係ないと思いました?」
「・・・・・・・・!!」

部屋の空気が変わる。誰も口を開けなかった。
だが、一人だけそれを気にすることのなかった人物がいた。

「雲仙。」

優しげな声が聞こえる。桜のが舞う日に出会った娘―銀蘭が目の前に立っていた。
雲仙と目が合うと、正面に座り込む。

(昔のことなど知らない。それでも・・・・。)

伝えたいことがあった。
十年前、何があったか妾は知らない。
まだこの世界に来ていない。そして、雲仙に出会っていないころだから。
本当は、まだこの人に伝えてないことがある。
自分がどういう存在なのか、この世界に来た本当の目的も。
・・・・知ってしまえば、きっと恐れるだろう。討伐されるのが当然だから。
本来はそれが自然だけれど、雲仙はそうしない気がする。
この世界で初めて出会った人、そして自分に優しくしてくれた人。
ならば彼から受けた恩義を返そう。それが自分に出来る唯一のこと。
何も知らないのなら、知ればいい。
姉さまが言っていた。
“無知は最大の罪。だからこそ、知ろうとする努力が必要だ。
それがどんなに悲しいことであっても。”
つらい事実しかなくても、それでもなお知りたいと思う。
何も出来ないと立ち止まるよりは、何かをしようと進みたい。
それに彼女との約束もあるから。

「妾は、十年前とやらのことは知らぬ。ろくな事ではなさそうだがの。
しかし、『いつまでも立ち止まっていても仕方ない』のであろう?」
「銀蘭、それは・・・・・。」

とまどう雲仙に、笑ってみせる。
まさか自分がまたこういう風に話すことが出来るなんて、思いもしなかった。
あの人が死んで・・・・もう、心なんて壊れてしまったと思っていたのに。
いいえ、あの時壊れた心のかすかに残った欠片が、こうして想いを伝えている。

「姉様の受け売りじゃ。
『生きている限り、傷つくことばかりだけれどそれでも前に進んでいけるように。』」
「・・・・良い姉だな。」
「妾の自慢の姉様じゃからな。当然じゃ」

ふと、雲仙が頭をなでてきた。
その仕草がどことなくあの世界に残った兄様に似ている。

「それにしても、元の名は高敏というのじゃな。
妾は今の方がお人好しのおぬしに合うと思うぞ。
そなたは流れる雲のように落ち着かぬし、前の名前は立派すぎて似合わぬ。」
「おぬし、それは酷くないか・・・・?」

クスクスと笑い声が聞こえた。
見ると葛の葉が、何とも楽しそうに笑みを浮かべている。
それにつられて自分も笑い返す。

「蔵馬は本当に良い子ねえ。私もこんな可愛い娘を産めばよかった。
息子なんてもうかわいげのないこと。おもしろくないったらありゃしない。」
「だったら再婚なりなんなりしてください。
ただし、くれぐれも私を巻き込まないでくださいね。」
「そうねえ。保名以上にいい男がいるならちょっとは考えても良いけど。
そんな男そうそういないからねえ。あなたが可愛いお嫁さん見つける方が早いんじゃない?
「申し訳ありませんが、私は妻一筋でしてね。
式神達の世話で手一杯です。」
「式神のことを持ち出すのは反則よ。みんないい子じゃない」
「すまぬがお二人とも、いい加減にしてもらいたい。
雲仙の話が聞けぬではないか」

あっさりと親子げんかを止めた銀蘭に、式神達が賞賛のまなざしを向けている。
どうやら、今まで止めることが出来た者はいないようだ。

「仕方がないわね。この話はここまでにしましょう。」
「そうですね。彼女を怒らせるのはまずいですし。」

葛の葉と晴明を横目に、雲仙に目を向ける。
その表情は、先ほどとは違い前を見据えている。

「十年前のことは、儂も何が起こったか全ては知らぬ。
だがな、あの事件で儂は両親とそして妹を失った。
妹は、どことなくそなたに似ていたよ。」

どこか遠いまなざしで、自分を見つめているが妾を見ているわけではないのだろう。
雲仙が見ているのは、今はいない妹の姿。

「・・・・それは、あの屋敷でそなたに寄り添っていたあの娘のことか?
いつも寂しげな顔で、見ておった。
霊としてはかなり弱くてな。おぬしや泰成には見えぬようであったが。
そなたには内緒にしてくれとは言われておったがな。」

“ねえ、狐さん。一つだけお願いをしても良いかしら。”
 

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