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『オルゴール』
ある日、風の噂がやってきた。
私たちの精霊術士、カディオの甥が生きていたと言うことを教えてくれた。
それを聞いたときは、“よかった。”と心から思った。
でも…どことなく寂しかった。
「マシェル…ってあの子竜をいっぱい預かってるあの子?」
「そうそう!ミリュウさんとこの弟君!!
カディオにちょっと似てるなって思ってたけど、やっぱり甥っ子だったんだって!!!」
「そう…生きていた子がいたのね。」
風の…シルフィーの情報網は広い。おまけに私たちの中で一番速いから、広まるのも速い。
一番近かった私のところに最初に来てくれたけど、きっと今日中にはみんなに広まるだろう。
ここから最も遠いシャルドのところだろうと、彼女は気にしないから。
ついでに何かお祝いでもしようかしらね。
せっかく、カディオの家族が生きていてくれたんだし。
どうせみんなのところに顔出すんだから、全員で何かしましょうかしら。
…全員で何かをするのってずいぶん久しぶりね。
カディオの誕生日祝いはメッセージカードは全員で、プレゼントは交代制だから。
みんなで何かをするってのは…やっていないわね。
「ドリー、どうかしたの?」
「ううん、なんでもないの。ついでに頼まれてくれないかしら。
せっかく甥っ子くんが生きていてくれたんだから、みんなで何かお祝いをしないかって。」
「あ!それすっごくいい!!さすがドリーだね。いいこと思いつくよ!!」
「そんなことないけどね。」
「あるって!大体、これがシャルドだったら『そうか。』の一言で何もしないだろうし.
イリトだったら『だったら全員で押しかけてお祝いするべきだ!』とかって言い出すだろうし。
「…ああ、カディオのとこの最初の子竜孵ったときにやろうとしたわね。それ。」
「あたしたちがカディオに会うこと。
竜のジジ様たちはよく思っていないってこと、イリトはいまいちよくわかっていないからねえ。
あの時は止めるの苦労したよ。」
「確かアクアの泣き落としが入って、最後には“だったらせめて全員で何か祝いの品でも贈る程度にしておけ”ってシャルドが止めに入ったものね。」
「あたし、あの子時々狙ってるんじゃないかって思う。」
「…まああれでも十分高位の精霊だからね。」
あの時のことはよく覚えている。
いくら私たちの中では最年少だからって、それなりに長生きしているというのに。
何が何でもカディオのところに行こうとして、ダメだってわかって…暴れて。
しばらく海が荒れたのは今となっては笑い話ね。
まあ巻き込まれた人間たちには迷惑だったろうけど。
「今度のプレゼントは何にしようか。服は毎年贈っているから別な物がいいね。」
「贈ってはいるけど、あの子、絶対タンスの肥やしにしてるわよ。
まあ捨てないだけましかしら。」
「最初の頃にあげたやつなんか、もう着れなくなってのに?」
「そう言う子よ。
昔から、物をあんまり持たない癖に、捨てなきゃいけない物でも大事にとっておく子だったから。」
「そういうの貧乏性って言うでしょ。」
「まあ、早い話そうだけど。」
たまに手紙のやりとりをするけれど、あの子は何も変わっていない。
きっとそのうち今回の経緯を書いた手紙がやってくる。
そういうことはマメな子だから。
喜ぶでしょうね。なんと言っても血のつながった家族なんだから。
「ドリー、なんでさっきから浮かない顔をしているの?」
「え?してないわよ。」
飲み干してもいない紅茶を、継ぎ足そうとポットを傾ける。
昔、あの子と一緒に飲んだ。あの子の大好きだったお茶。
「ドリーも変わらないよね。誤魔化すためにお茶を入れようとするところ。」
「…これだから長い付き合いっていやね。」
情けない。最年長はシャルドだけど、あいつはカディオが一番。
普段は私がみなの面倒を見ていたというのに。
「そんなに嫌だった?カディオの家族が見つかったこと。」
「…だって、私たちと違って本当の家族じゃない。
私たちは所詮、主従でしかないから。」
昔はいつも一緒にいた。一緒に暮らしていた。
けれど、精霊となれ合うことを嫌う奴らの目があり、私たちは遠くから見ているしか出来なかった。
たまに出来た家族のような光景…優しい思い出は消されてしまった。
私たちも無理に思い出させようとはしない。
別の、嫌な記憶まで思い出させてしまうから。
少しだけうらやましい。これから家族の記憶を作れるというカディオの甥っ子が。
「そんなの違うって。カディオはいっつも言っていたよ。“お友達になって”って。
だからあたしは契約したし、カディオのことは家族同然に思ってる。」
「シルフィー。でも私たちは。」
「精霊だからじゃないよ。確かに血の繋がりなんてないし、種族だって違う。
でも、たしかにあたしたちは家族だった。
カディオが覚えているかどうかは関係ない。
だって、あたしたちが覚えているからいいじゃない。」
「……そうね。確かにあの記憶はよく覚えているわ。」
「お祝いちゃんとしてあげよう。だって、カディオの家族は私たちの家族。
私たちにも新しい家族が出来たから、みんなでお祝いしてあげよう。」
「本当に…何を悩んでいたんだか。シルフィー、一つ頼まれごとをしてもいいかしら?」
「いいよ。ひとっ走りどこまでも飛んでいってあげる。」
贈り物は二つ、全員で書いたメッセージカード。もう一つは音楽を。
昔みんなで作ったあの歌。誰が楽譜を書くのだろう。
―それは私。静かなる芸術家がそう言った。優しい祈りを楽譜に書きましょうと。
楽譜は出来た。いつでも聞けるようにどんな工夫をしよう。
―それは俺が。音色を生み出す細工はお手の物。
派手に響かせてやると楽しそうに爆発の芸術家が言う。
ほどほどにしろと誰かが言う。音は迷惑にならない程度にだと。
―俺まで巻き込むのかと黒き隠者はそう言った。
けれど、乙女たちは顔を見合わせて笑った。仲間はずれにすると拗ねるくせにと。
どうせ小箱を作るなら、良い材料をそろえたい。
―ならば私がその材料を持って行こう。金銀、宝石いかなるものも私が手に入れてこよう。
大地の旅人が駆け抜けていく。
―だったら、ただ開けて聞くだけではおもしろくないですね。
最終兵器は楽しそうに笑う。黒き隠者を巻き込んで、様々な光と闇を生み出した。
箱を開けたときに色とりどりの光と闇が、宝石と共にゆらめくように。
―花も入れたいわ。森の魔女は静かに微笑んだ。
暗闇の中でも薄く光る小さな花を。皆で愛でたあの思い出の花を。
―音がいつも綺麗な響きを生むように。優しい風を閉じこめましょう。
自由な旅人はそう言った。音は風が届けてくれるからと。
そして最後となった自由な旅人は再び空を舞う。
軽やかにかけていき、山奥の小さな家に小さな箱を置いて去っていった。
箱に載せられたメッセージカードが、持ち主となる人に読まれるのを待っている。
“カディオへ。あなたと私たちに新しい家族が出来たことがとても嬉しいの。
これはあなたへのお祝い。いつか、新しい家族とあなたに会いに行きます。
遠い地よりあなたの幸福を祈っています。 友人たちより”
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