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『暗闇との戯れ』


 一見、その少年はそこに立っているように見えた。否、彼は確かにそこにいた。
けれどその瞳はどこか遠くを見据え、そして言葉を発した。
『光れ』と。
その言葉と同時に、暗い森の中に小さな光が灯った。
杖の先に光を灯し、彼は足を進めようとした。

「待て。」

 来た方向から聞こえた若い男の声。だが、少年はおそるおそる後ろを振り向いた。
敵ではないことはわかる。よく知っている声だから。
けれど、一つだけ言えることがある。―――敵のほうがマシだ。

「…シャルド。驚かすなよ。」
「何が驚かすだ。カディオ、こんな時間に出歩くな。
ただでさえここは人も滅多に立ち入らない魔の森だ。早く帰るぞ。」

 少年の名はカディオと言い、青年はシャルドという名だった。
カディオはこの年で七名の守護精霊を従える精霊術士であり、シャルドはそのカディオに仕える精霊だった。
その証拠に、一見人のように見えるシャルドはよく見たら違和感を覚える。
古風な黒いローブと、腰まである長い黒髪と夜を思わせる黒い瞳。
彼は暗の精霊でもあり、守護精霊の中で最も力の強い精霊だった。
本来ならば守護精霊は契約主には逆らわず絶対服従なのだが、本人の性格故かカディオは自分の守護精霊たちにとてつもなく甘かった。
だから、彼は滅多に精霊たちに命令をしない。精霊たちもカディオに対しては自由に振る舞っている。
それゆえ周りの術士たちにはいい顔をされていないが、ほかならぬ彼の師がそれをほほえましく見ているので気にすることはなかった。

「あ、あのさあ…ちょっとだけ見逃してくれないか?」
「却下だ。」

 即答、しかも有無を言わせない口調。
属性ごとに性格が決まっていると考えることが時たまある。
暗属性は酷く心配性が多い。噂に聞く暗竜も心配性だと言うが真偽は不明だ。
しかもこのシャルドは心配性な上にお説教までもあり、カディオにとっては一番苦手な相手でもあった。
正論で説教されるために、言い負かせたことはほとんどない。
そして、今回もまた思いっきり自分が不利だった。
それを証拠に何とか言い逃れようと必死に頭を働かせていたのだから。

「カディオ、せめて訳を言え。こんな時間にこんな場所にわざわざ出向く理由をな。
言わないと…」
「い、言わないと?」
「ドリーとアクアに言うぞ。」

その言葉にカディオの顔色がサッと青くなる。
第2守護精霊ドリー、第4守護精霊アクア。
ドリーは木の精霊。アクアは水の精霊であり、普段はカディオに忠実な精霊でもある。
だが、何がやっかいかというとアクアはカディオが少しでも心配をかけようものなら、泣きじゃくったままになるし、ドリーは元はリカルドの守護精霊であったためか、いざというときはカディオの命令すら聞かずひたすら怒る。
はっきり言って怒らせたときに最もやっかいになる二人であった。

「やめろ!あの二人には言うなよ!
ドリーは怒ると怖いし。アクアは一度泣き出すとしばらく泣きやまないんだから!!」
「だったら訳を言うんだな。」
「うっ……怒るなよ?」
「理由にもよる。」
「…行きたいところがあるんだ。」
「こんな時間にか?」
「この時間しかダメなんだ…」

おそるおそるシャルドの顔を見てる。壮絶に怒っている。
そりゃあそうだろう。ここ数日『仕事』にかかりっきりで数時間前にやっと帰ってきた。
帰るのも早々にベッドに倒れ込んで寝ていたはずなのに、こうして起き出してきているのだから。

「…今しかだめなんだな。」
「うん…一応一言声をかけようとは思ったんだけど…みんな疲れていたし。」
「……まったく、しょうがない奴だな。お前は。」

そう言ってシャルドは自分の前をサッサと歩いていく。
その様子に首をかしげると。

「何をしている。さっさと行くぞ。」
「…いいのか?」
「イイも悪いも、ここまで来たんだ。早く終わらせて帰るぞ。」
「…悪い。ありがとう。」

しばらくは何も言わずに歩いていたが、ある地点に来ると今度はカディオが先に歩き始めた。
そしておもむろに杖に宿していた光を消す。
辺りに一切の光が消えた。

「…カディオ。俺はともかくお前は見えないだろう。」
「そうだろうなあ。シャルド、手伝って。」
「相変わらず人使いの荒い奴だ。」

それでもシャルドが力を貸すと、辺りの景色が見えてきた。
暗の精霊であるシャルドにとって、暗闇を見えるようにすることは簡単。
そして、足を止めたカディオに尋ねようとしたとき、暗闇が弾けた。

「これは…」
「だから言ったろう?今しかダメだって。昼間じゃこれは見れないから。」

そこにあったのは小さな泉だった。
だが、月の光に照らされる泉にたくさんの小さな光が舞っていた。
色とりどりの小さな光が舞う中、何かを誘うようにカディオの元へ近づいてくる。

「…うん、わかってる。連れてきたよ。…ほら、行っておいで。」

そう言ってカディオは杖の先に手を当てる。
すると杖に取り付けられた宝石から、小さな光が生まれた。
否、それは光とは言えないのかも知れない。その光は黒かったのだから。
けれど、辺りの暗闇とは違う黒い光は、周りの光に誘われるように多くの光の中へと飛んでいった。

「…これは…精霊の魂か?」
「そう…今回の仕事先でもたくさんの精霊が死んでいただろう?
その多くは俺が還したけど…さっきの魂だけはここに来たいって言ってたんだ。
元はこの地に住んでいた暗の精霊だってさ。…シャルドの仲間だよな。」
「……そうだな。」

わかっていることだった。戦争に明け暮れている今の時代で、多くの仲間が死んでいることは。
精霊を見ることの出来ない人間も多いと聞く。
契約制度を用い、精霊を守ろうとするカディオやリカルドのほうが珍しい存在だということも。

「…結局、俺も精霊たちを傷つけていることは変わらないし、多くの人の命を奪ってる。
でも…自己満足に過ぎなくてもこれぐらいはしておきたいんだ。」
「…いいや…お前は優しい。十分にな。」
「………ありがとう。」

そのとき、カディオの元にあの小さな光がやってきた。
カディオにそっと寄り添うとかすかな声が聞こえた。

“ありがとう”

「……ごめん、これくらいしか今は出来ないんだ。
せめて…次に生まれたときは優しい世界でありますように。」

その言葉を受け取って、たくさんの光は空へと上っていった。
しばらくそれを眺め…やがて何も見えなくなった。
辺りにはただ静寂だけが広がっている。

「さてと、帰るぞ。ウィルの足留めも限界だろう。」
「……え?」
「俺が代表して迎えに来ただけだ。
そもそも、アリオンやドリーをごまかせると思ったのか?」
「…多少は。」
「速攻でばれたぞ。ああ、リカルドにもばれていたから説教ですめばいいが。」
「…せ、先生にも?」
「俺は助けないからな。」
「シャ、シャルド!見捨てるなよーーーー」
「自業自得だ。さ、行くぞ。」
「……帰りたくない。」

この後、住居に戻ったカディオがどんな説教をされたのか。
それはけっして語られることがなかった。

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