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少女は一人その暗闇にたたずんでいた。怖くはない。
傷の痛みで眠れないとき、よくこうして暗闇に包んで抱きしめてくれた友人がいるから。
けれど今は一人。
温かい毛並みを持った狼の友人も、おもしろい話をしてくれた赤い友人も。
悪夢を見てうなされたとき、ぎゅっと抱きしめてくれた優しい魔女と青い乙女も。
夜の空中散歩に連れ出してくれた風の人と光の人も。
実験で痛いことをされた時に、必死に手当てしてくれたダグお兄ちゃんも。
ここには私しかいない。
…私はカルメラ。そう、それは覚えていること。
友人たちの名前もダグお兄ちゃんの名前も覚えている。
…でもお母さんとお父さんの名前は覚えていない。
ダグお兄ちゃんと一緒に来た、たくさんのお友達の名前も覚えていない。
…私たちを逃がしてくれたあのお兄さんは、なんて言う人だったんだろう。
お兄ちゃんだったら覚えているかな?
…いつからだっけ?記憶があやふやになってきたのは。
よく思い出せない。思い出そうとするとイタイ、コワイ、デタクナイ。
デナクテイイ。
(だめだ。こっちへ戻ってくるんだ。)
…シャル?呼んでくれているの?
でもだめ、私は外へでたくない。もうコワイのはいや。
コワイ思いをするくらいだったら私はもう起きていたくはない。
もう、誰かを殺すのはイヤ。
思い出すのは紅の色。暗く濁ったあの赤。
思い出すのは刃の揺らめき。鋭い刃先を向けて笑うのはダレ?
それはワタシ。ワタシが殺した。
ドウシテコロシタ
ドウシテコロシタ
そうしなければいけなかったから。そうしないと私の友達が殺されたから。
ドウシテコロシタ
ドウシテコロシタ
あなたたちを殺さないと、私が痛い思いをするから。
ナゼコロス
ナゼコロス
殺されたくないから。だから私はあなたたちを殺す。
本当は誰も傷つけたくなかった。誰にも痛い思いをさせたくなかった。
でも私の大事な友人たちを彼らが傷つけるというのなら、私はこの手を汚してもかまわない。
たとえそれで私が死んでもかまわない。
でも何故だろう。誰かが悲しむと思ってしまうのは。
友人たちとも違う。ましてやお兄ちゃんも違う。
私を生んだ親?
いいえ、彼らは私を捨てた。袋に詰めた金貨と引き替えに化け物を売った。
名前を覚えていないあのお兄さん?
いいえ、あの人は私をじっと見つめていた。
誰が悲しむのだろう。すでに逝ってしまった友人たち?
いいえ、彼らは何も答えない。
誰だろう。遠くから私に語りかけるあの声は。
「あー、やっぱまだ飛ぶのはお前のほうがうまいよな。」
「そりゃあボクのほうが長くやってるから、そう簡単に負けられないよ。
「あんだけやればいやでも上達するって。
というかいっつもあんなことやってるのか?」
「あんなこと?」
「飛ぶ訓練だとかいいながら、アクロバット飛行させる」
「アハハハハ、母さんやること荒っぽいから」
「ある意味実験よりきつかったぞ。まさか子竜にもやってないだろうな」
「ん?大丈夫大丈夫。ある程度の年齢じゃないとやんないから」
「そもそもやるな」
「2人とも練習がんばってるー?」
窓の外から声がする。あの声はフェルリだ。
今日は差し入れを持って行くっていってたから大きいバスケットを抱えている。
「あら、フェルリいらっしゃい。今休憩中だからあがんなさいな」
「はーい、お邪魔します。」
「お前また一人で来たのか?」
「気にしない気にしない。友達の家に行くのにお供なんかいらないの」
「また怒られるよ。この間も授業サボったって怒られたのに」
「あはは、朝から晩までずっとだもの。嫌になっちゃう。
竜王の竜術士とか期待されてるけど、私だってたまには遊びたいもの。
あなたともはやく遊びたいなー、ねえカルメラ」
その言葉に皆が彼女を見た。
ダグたちがここに来てもう数ヶ月。彼女は変わらないままだった。
母さんがあげた白い服を着て、人形のように身動き一つとらないままイスに座っていた。
「なんかすごいね。このお花」
「これじゃあ見舞いというか、飾りにきただよな」
カルメラの膝の上にはこれでもかと花が載せられている。
長い緑の髪の女性―ドリーという森の精霊らしい―が置いていったものだ。
毎日入れ替わりにやってきては、いろんな物を置いていくらしい。
ただ静かに寄り添う者。にぎやかに語りかける者。会うたびに泣く者。
じっと見つめる者。優しくふれる者。頭を撫でる者。
一日中いたり、数時間しかいなかったり、顔を見ただけで去ったり彼らのやることはそれぞれだけど、ただ一つわかるのは、彼らがカルメラのことをとても大事に思っていると言うこと。
そのせいなのか最近カルメラが笑うことが増えたような気がする。
ボクの気のせいだと言われたらそれまでなんだけど。
「早く一緒に遊びたいのにね。早く起きないかしら」
「これでも最初の頃よりはましになったさ、なあカルメラ」
「そだねえ。早く一緒に遊びたいね。そのときはボクのとっておきの場所に連れて行って上げるよ」
「…お前のとっておきってどこだよ」
「内緒ー」
見せたいものがたくさんあるんだ。
話したいことがたくさんあるんだ。
だから、そこから出てきてよ。
出てくるのが怖いなら迎えにいくから。
だから、笑って。
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