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平安時代。
それは魑魅魍魎がうごめく時代。
昼の世界は人の世界、夜の世界は妖の世界。
姿見えなき夜の世界の住人を、人はただ恐れ、近づくことはなかった。
昼と夜が混ざり合う中、古き都に一人の妖が舞い降りた。
それは美しき妖孤。人の世界に災いをもたらすもの。
当時権力を握っていた鳥羽法皇の女御(天皇に仕える高位の女官)に、玉藻の前という女性がいた。
その美しさはたとえようのなく、まるで神か精霊が降り立ったかのように見えた。
美しさだけでなく、その女性はとても聡明だった。
様々な分野の知識を持ち、書や和歌は達筆。琴や笛にも才を見せた。
鳥羽法皇はその姿に魅了され、彼女の虜になった。
次第に彼女にのめり込み、政治をおろそかにしていった。
それは、長き歴史の中では決して珍しくない話。
だが、異変はすぐに現れた。それは法皇の病から始まった。
高熱と全身の痛みが日ごとに増していき、ついには寝たきりの状態になった。
祈祷や薬湯も効かず、このまま鳥羽法皇が死ぬかと思われた。
そんなとき、陰陽師安倍泰成があることを伝えた。
『玉藻の前は妖怪です。』
にわかに信じがたい話であった。
「玉藻の前が妖怪だと?なぜそのようなことが言える。」
是非にと面会を申し込まれた藤原氏は困惑していた。
帳ごしに会ったことはあるが、彼女が妖怪とはとても思えない。
そう、彼もまた玉藻の魅力に取り付かれようとしていた。
すでに、玉藻はほとんどの人間を手中にしている。
一刻も早く玉藻を排除しなければならない。
(あの妖は危険だ)
それはかつて、狐の子といわれた安倍晴明の血を引く泰成ならではの直感だった。
この時代、人間界と魔界は密接な関係にあり多くの妖怪が流れ込んできた。
人と妖がごく身近な存在となっていた時代だった。
この時代に妖怪の存在は珍しくはない。
「あの者の目的は鳥羽法皇の抹殺でございましょう。
すぐにあの妖を抹殺せねばなりません。
このままでは法皇の命は尽きてしまわれます。」
「しかし、玉藻の前は法皇のお気に入り。そう無下に扱うことはできん。」
「1つだけ、方法がございます。」
「なんじゃ。」
「泰山府君祭を行うのです。」
泰山府君は人の寿命をつかさどる神であり、いわゆる閻魔のような存在である。
その神の力を借りることが出来れば、玉藻の前の正体を暴くことが出来る。
「表向きは法皇の病気治癒としておけばよろしいかと。
玉藻の前が正体を現したときは私が相手をしましょう。」
翌日、泰山府君祭を行うことが決まった。
深夜、泰成は誰もいない屋敷の庭へと降り立った。
身の回りの世話をする式神をのぞけば、今この屋敷に彼以外の住人はいない。
だが、誰もいないはずの屋敷に何かの気配が現れた。
「だれだ。」
誰もいないはずの庭に白い着物を見にまとった女性が現れた。
薄い白衣をかぶっており、顔が見えない。けれど、女性からかすかに甘い香りが漂った。
人のように見えるがこれは人ではない。
「そなたが安倍泰成か。」
「よくぞこの屋敷に入ってきたな。結界を易々とくぐり抜けるとは。」
女は口元に笑みを浮かべた。
「あのような結界、妾には意味をなさぬわ。
泰山府君祭を言い出したのは、おまえか。妾の正体に感づいたと見える。」
「貴様、玉藻の前か。」
泰成は思わず身構えた。
隙あらば、式神を繰り出そうと懐の呪符を取り出そうとする。
だが、それを取り出そうとしたとき、赤い炎がそれを焼き尽くした。
「無駄じゃ。そなたでは妾には勝てぬ。
晴明より続く狐の血ではあるが、さすがに代を重ねると力が薄まると見える。」
「貴様、何が目的だ。」
満月が2人を照らしてゆく。
雲が徐々に離れていき、闇夜に月の明かりが灯る。
「法皇とは見かけばかり、あの男はただの独裁者。あやつふぜいが権力を握る続けるのは気にくわないからのう。それにあの男が死ねばこの国はより混乱する。」
玉藻の瞳が冷たく光る。
ふと、何かをつぶやいた。
「世界の混乱が深まれば、あの子の輪廻を断ち切れる。」
風が舞ったかと思えば玉藻の姿はどこにも見あたらない。
けれどかすかに残る甘い花の香りが、彼女がいたことを教えてくれる。
泰成はただ立ちつくすしかなかった。
彼女の言うとおり、自分には先祖である安倍晴明ほどの力はない。
式神を操るのが精々と言ったところである。
あの玉藻に勝てるとは思えなかった。
そんなとき、誰かが声をかけた。
「協力しましょうか。安倍泰成殿。」
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