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すべての命ははかなく脆い。それは人も妖も変わらない。
なぜに命はこんなにも簡単に消えてしまいそうになるのだろう。
その答えをまだ見つけていない。
「銀蘭、少し休んだ方がいい。」
「かまわぬ。ここにいる。」
襲撃を受けた数週間後、雲仙はようやく床から起きあがれるようになった。
あの時、雲仙のただならぬ気配に気づき、銀蘭は、急いで屋敷へと戻り手当をすませると泰成を呼びに行った。
異変の正体は呪詛。
古影と名乗った男の最後の一撃、それこそが呪詛だった。
泰成に手によって解かれたが、今だ完全に治ったわけではない。
命には別状はないが、それでも銀蘭はそばを離れようとはしなかった。
「しょうがないな。私は用事があるので屋敷に戻る。
何かあったら式に知らせてくれ。」
「わかった。世話になったな。」
白い鳥の式を残し、泰成は帰っていった。
今は雲仙と銀蘭の二人っきり。静けさだけが満ちていた。
雲仙の受けた呪詛は強力なものではない。しばらく動くことが出来なくなる程度のもの。
呪詛をたどってみたが、その相手は古影ではなく民間の陰陽師にたどり着いた。
古影はその陰陽師が用意した呪詛を導き、雲仙に当てたのである。
何者かに依頼と思われるが、それを調べることは出来ない。
死者に聞き出すことは不可能だから。
依頼した者は、口封じもかねてわざと弱い呪詛をかけさせたのだ。
泰成がそれを返すことを知っていて。
呪詛を返せば、それを行った人物の元へ返り死に至る。
人を呪わば穴二つ。罪はやがて己に返る。
「銀蘭、お前は休まないのか?」
ふと、雲仙が目を開けて、床から起きあがる。
いくら呪詛が弱かったとはいえ、最近の回復力はすさまじい。
「その言葉そっくり返すぞ。もうしばらく寝ておれ。
最近起きあがれるようになった人間が何を言う。」
「とは言っても、もう平気なんだがな。お前も泰成殿も随分心配性だな。」
「雲仙。」
低く鈍い声が部屋に響く。
雲仙はその声に秘められた殺意を認めると慌てて床に戻った。
起きあがれるようになって三日。だが起きようとするたびに銀蘭ににらまれる。
「お前と会って、もう一月か。思えば世話になったな。」
「おぬしのように手がかかる人間など、知るものか。」
起きあがれるようになってから、度々寝床を抜け出している雲仙に本気で腹を立てているようだ。
「まあ、そう言うな。泰成から聞いたぞ。
儂が起きるまでずっとそばにいたそうだな。ありがとう。」
「べ、別にお前を心配したわけではない!ただ、気になっただけじゃ。勘違いするでない。」
「まあ、そういうことにしておこうか。」
(銀蘭は素直じゃないな。)
視線を外に移すと、淡い桃色の桜が咲き誇っている。
本来ならば散るはずだった桜が、主が回復するまで咲き誇っていた。
空には満月が淡い光を投げかけている。
「あの敵は何者じゃろうな。」
「わからん。だがまっとうな話で無いことは確かだ。」
「血なまぐさい話じゃな。やはり、人の世も魔の世と変わらぬ。」
しばらく、2人とも口を開こうとはしなかった。
「銀蘭、お前はここから離れろ。」
「何を言う?そんな状態のおぬしを見捨てておけるか。」
「お前の目的は、姉を解放することだろう。
こんなことで足止めを食っている場合じゃないだろう。すぐに京から離れろ。」
「いやじゃ。あやつは妾に喧嘩を売ったのじゃから、買わねば失礼であろう。」
「あの敵が、まだ生きているというのか?」
静かに笑う銀蘭の目は冷たい眼差しをむけている。
そんなこともわからないのかと、そう問いかけていた。
「確かにあの場は妾が勝った。だが、死んだように見せかけただけじゃ。
目的が口封じならば、いつまた襲ってくるやもしれぬ。」
クスッと小さな笑い声が聞こえた。
「じゃが、おぬしは妾に協力してくれると言ってくれた。妾の手当もしてくれた。
狐は恩義を忘れぬものじゃ。見くびるでない。」
「もう充分借りを返してもらったような気がするがな。」
「それにの、妾はおぬしのおかげで人を恨まずにすむ。」
寂しげに微笑む銀蘭は、ふと庭に躍り出た。
風が優しくなびく、夜空に浮かぶ月が輝いたように見えた。
「銀蘭?」
「雲仙、妾と契約を交わそう。」
闇の中にたたずむ銀蘭の姿は、まさに妖というべき存在。
それは人にあらず、神にあらず、霊にあらず。獣にあらず。
それは妖。夜の世界の住人。
一目見ただけでわかる。これは人間ではないと。
「契約だと?」
「おぬしに妾の名を教えることで契約となす。
おぬしの剣となり盾となろう。じゃが、妾はあくまで妾の意思で動く。それでよいな?」
「よくはわからんが、いいだろう。わしはお前に助けられた。
お前の言うとおりにしよう。だが、銀蘭の名は本名ではないのか?」
「あれは偽名じゃ。人間は妖怪に名を与えることで従わせることが出来る。
妾ぐらいでは名を与えた程度では従わぬが、自ら名を告げることはしたくはない。
名の理を知る泰成たちもおるゆえな。」
「そういうものか。人間よりお前達の方が強い気がするがな。」
「妖怪というのは元々は人の思念が集まって出来たもの。いわば妖は人から生まれたという事じゃ。
子どもは親に従うであろう?そして月日が重なれば従うことはせぬ。」
「なるほど、ではお前も思念から生まれたのか?」
「妾は違う。妖の親から生まれた。さあ、もういいじゃろう。」
ふと、銀蘭が青白い光に包まれる。
黒い髪は白さを増し、黒い瞳は金の色を帯びる。
満月の光が彼女を包み込む。元の色を返すかのように。
「銀蘭?」
「違う。俺の名は妖狐蔵馬。木々を従える植物使い」
そこにいたのは、銀髪に金の目をした女性。
人と違うのは頭にある獣の耳と銀色の尻尾。
腕をむき出しにした白く薄い装束を身にまとい、その胸には、以前見たあの首飾りがかけられていた。
彼女こそ、魔界で極悪非道の盗賊と恐れられる妖孤蔵馬。
「お前の望みを叶えよう。お前が死ぬその時まで、剣となり盾となろう。
お前の思いが俺を呼んだのだから。」
そして、これこそが蔵馬が人と交わした始まりの契約。
時に人を、土地を、そして契約者を守るための契約。
これ以後、銀の妖孤は歴史の裏に姿を現す。
それは決して歴史に残らない、一瞬の物語。
けれど、それを知るものはまだ誰もいない。
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