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閉ざされた心 前編 


    
    ―すまない。
   
      あなたは最後にそういった。
     けれど謝らないでほしい。こうなることを望んだのは俺だから。
     知らない誰かを殺すことよりも、愛しい家族と親しい友人たちを守ることを選んだのは俺だから。
     それは強制されたことではなく、たくさんの選択肢の中から選んだもっとも愚かで、もっとも安易な選択。
     この罪を最後まで背負うから。
     だから、どうか…どうか、この震える手を忘れさせてください。
     知らない誰かの血を浴びて、いつまでも涙が止まらないんです。
     お願いです、先生。
   
   
      伝統と術によって守られた堅固な国。
     その中の一室に呼び出されたのが始まりだった。
     行かなければよかったと心から思った。
   
   
    「今、なんとおっしゃりましたかな」
    「聞こえなかったかね?耄碌するほどの年でもないというのに。
    まあいい。もう一度だけ言ってやろう。
    君の弟子の初指令だ。“ある術師と接触し処分せよ”
    それぐらい簡単であろう。」
    「お断りしましょう。彼はまだ見習いの身。
    そのような任務つとまるとは思えません」
    「ほう、そうかな?弟子の成長は時に師を超える。
    彼は引き受けてくれたよ」
   
      呼び出された男=リカルドはその冷たい目を呼び出した男に向けた。
     自分の上司であり、地の精霊術を専門とするファルツ導師。
     協会における権力者の一人。
     能力は決して高くない。
     だが、ありとあらゆる手段を使って上へと上り詰め、今の地位を築いた男。
     その椅子は人と精霊の血と嘆きによって磨き上げられたと言われている。
   
    「引き受けた…と?」
    「彼は言ったよ。“この国のために働けるのなら光栄です”
    まったく、実によくできた弟子だな。ほかのものにも見習わせたいものだ」
    「彼に…何を言いました」
   
     時たま思い詰めた表情をするようになったのはいつからだったろうか。
     口数も少なくなって、食事もあまりとらなくなって。
     どうしたのかと尋ねた私に、『なんでもありません。』と静かにほほえんで見せたのは、最近の話。
   
    「優秀な術師と仕事の話のついでに世間話くらいするだろう。
      ああ、そういえば彼には兄弟がいるそうだな。幼い妹もいるとか」
    「ええ…そうでしたな」
    「田舎ではなかなか帰れまい。離れている間に何かあってもすぐに駆けつけられんだろう。
     このご時世、物騒で困ると思わんかね」
    「そうですな…実に」
   
      部屋を出た私を待っていたのは彼だった。
     仕方がないと、気にしないで欲しいと冷たい笑みを浮かべて。
     彼を見つけなければよかっただろうか。
     精霊術と関わりを持たせず、あの湖に守られたあの村で家族と静かに暮らさせていればよかったのだろうか。
   
   
    「こりゃ驚いたな。まだ若造じゃないか。
    お前が上からの追っ手かい?」
    「はじめまして。イルベス・カディオといいます。
    あなたが“襲炎”ですか?」
    「ああ、俺はその二つ名好きじゃねえんだわ。そうだな…ジャックとでも呼んでくれ。
  よくある名だが、本名なんでな」
    「わかりました。ジャックさん」
    「悪いがさんづけは嫌いだ。ジャックで良い」
   
   
      初めての任務は裏切り者の処分。その男は簡単に見つかった。
     まるでわざと見つかりやすくしたように。
     薄汚れた黒いローブをまとった男は、上の兄と同じくらいの年齢。
     受け取った資料には火の精霊を従えていると記載されていた。
     とても優秀で若くして二つ名を得たと。
     二つ名はある一定の功績を得たものしか名乗ることができない。
     そして、彼のその名の由来は戦場で多くの兵士の命を奪ったことにある。
     彼の意のまま襲いかかる炎。それゆえ呼ばれた“襲炎”
   
    「俺を殺しに来たか?」
    「捕獲、あるいは処分。それが俺が受けた命令です」
    「そうか…まあそうだな。命令違反のあげく追ってきた同僚殺しだとそれが妥当か」
     
      ボサボサになった茶色の髪を乱暴にかきむしる。
     見た目は良いのにその仕草が台無しにする。
     けれど不思議と男には似合っていた。
   
    「ボウズ、少し話さないか。なに、すぐ終わる。
    あの夕日が沈むまでだ」
   
      そのとき、どうして承諾したのかはよくわからない。
     最後の時を少しでも引き延ばしたかったのか。
     あるいは、ただ話してみたかったのか。
   
    「お前はどうして精霊術師になった? まだ若いだろうに」
    「俺の家は貧乏で手っ取り早く稼げそうだったので。
    学校にも行かせてくれるっていうから、悪い話じゃないなと。
    あなたは?」
   
      あたりに転がる石に腰掛け、ただ何の変哲もない話をした。
     男が語ったのはなんの変哲もない普通の身の上話。
     ここより北の地で生まれたこと。才能を見いだされ精霊術師になったこと。
     同僚の女性といい仲になって、将来を誓い合ったこと。
     偶然、気の良い精霊にあって契約したことで二つ名を得たこと。
   
    「その精霊と契約しただけで二つ名? 珍しいですね」
    「ちょっとばっかし特別でな。
  本来なら俺ごときが従えるなんぞできないやつだったんだが、そいつかなり暇してたらしい」
    「はあ…」
   
      暇つぶしで契約する精霊も変だが、それを受け入れる男はもっと変だとは言わ
  ないでおいた。言っても無駄そうだったというのもあるけど。
        それなりに仕事をして、評価されて。恋人もそれを喜んでくれて。
      幸せだったとそういっていた。
     だったら、どうしてあなたは追われている。
    命令に背き、仲のよかった同僚たちを殺して、どうしてこんなところにいる?
     

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Comment

無題
  • 紅玉
  • 2010-09-13 17:23
  • edit
いつも楽しみに拝見させていただいております。
よろしければ、拍手機能を付けてはいただけませんか?
無題
  • 2010-09-15 19:51
  • edit
>紅玉様

こんばんは。すみません、お知らせメールが迷惑メールの方に分けられていて気づくのが遅れてしまいました。
もうしわけありません。

 拍手機能ですが、機能把握に手間取ってまだつけていなかったんですよね。
ブログ改修をしますのでそのときに改めてつけたいと思います。
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